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}、阿波の一ノ宮の城十九日嚴ク攻、和睦に成、土佐一國元親ニ被下相濟處也、, 國を賜り、其外は召上られ、阿波をは蜂須賀小六家政に賜り、阿波守と號す、讚岐をは, 右の數人に賜る所の知行を配分せしめ給ふ、孝高、秀吉公の内意を隆景に告ていはく、, 居給ふ、, り候、來年は九州御征伐を思召立候、元春は隱居なりといへとも、弓矢の功者なれは、, 先年吉川・小早川、伊豫の河野加勢として、數度出陣の事聞召、今度伊豫國を隆景に賜, 仙石權兵衞秀久に下され、伊豫國にて三十五萬石を小早川隆景に賜り、二萬三千石は安, 川大友と筑前をあらそひ取合の地なれは、吉川に筑前を賜りて、兩川共に本意の爲にか, 國寺惠瓊、三千石は來嶋、一萬四千石は徳井に賜りける、此時孝高を伊豫國へ遣され、, 九州陳の事御頼あるへし、九州平均の上にて、筑前一國を元春に賜るへく候、是先年兩, くのごとしとの御事なりとそ、孝高は、此時豫州逗留の間、河の上の烏帽子が岳の城に, 其後長宗我部元親降參して、四國平きぬ、長曾我部には土佐一, 〔長元記〕〓土佐國群書類從四十四所收, 七月十七日並ニ同十九日ノ條ニ收ム、, カル、七月十九日ノ條ニ收ム、, ○上略、阿波ヲ攻ムルコトニカ, ○上略、秀吉四國攻メノコトニカヽル、, 七月中七日並二同十九日ノ條ニ收ム、, 孝高秀吉ノ, ノ地ヲ與フ, 意ヲ享ケ伊, ニ留ル, 安國寺來島, 豫分封ノコ, 得居ニ伊豫, 烏帽子岳城, 孝高川之江, トニ與ル, 天正十三年八月六日, 四一
割注
- カル、七月十九日ノ條ニ收ム、
- ○上略、阿波ヲ攻ムルコトニカ
- ○上略、秀吉四國攻メノコトニカヽル、
- 七月中七日並二同十九日ノ條ニ收ム、
頭注
- 孝高秀吉ノ
- ノ地ヲ與フ
- 意ヲ享ケ伊
- ニ留ル
- 安國寺來島
- 豫分封ノコ
- 得居ニ伊豫
- 烏帽子岳城
- 孝高川之江
- トニ與ル
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- 天正十三年八月六日
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- 四一
注記 (30)
- 272,708,58,1962}、阿波の一ノ宮の城十九日嚴ク攻、和睦に成、土佐一國元親ニ被下相濟處也、
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