『大日本史料』 11編 19 天正13年閏8月 p.73

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くも大權現より御書を武川の士に給ふ、盛次もそのかずにそなはる、, ひ、人質として妻子を駿河國興國寺に獻す、十四年正月十三日、これにより武川の士に, 一紙の御書をたまふ、, 〔寛政重修諸家譜〕, 蔦木盛次, のことを賞せられて、武川の士に一紙の御書をたまふ、, 大久保七郎右衞門が組に屬して、かの地に發向し、忠節をつくすによりて、かたじけな, す、十四年正月十三日、去年證人として駿河國興國寺城に妻子を出せしにより、武川の, 〔寛永諸家系圖傳〕, 士連名の御朱印を下さる、, 十三年九月、眞田昌幸か居城信濃國上田をせむるのとき、大久保忠世か手に屬して相戰, 十三年、信濃國上田城を撃しめたまふのとき、大久保七郎右衞門忠世に屬し軍忠をつく, 同十三年九月、大權現兵を信州につかはしたまふ時、盛次妻子を人質として駿州に獻じ、, 〔寛政重修諸家譜〕, 〔寛政重修諸家譜〕, 伊藤重次, 曾雌定清, 蔦木盛次越前, 伊藤重次跡仁御新五郎, 八百三, 二百二, 源次郎越前, 十九, 百一一, 盛輾か呈譜に盛之に作る、, 十一, 千五, 或定盛新藏, 十五, 二右衞門, 又左衞門, 亦一郎新五郎, 十一, 知見寺盛次, 伊藤重次, 天正十三年閏八月二日, 七三

割注

  • 八百三
  • 二百二
  • 源次郎越前
  • 十九
  • 百一一
  • 盛輾か呈譜に盛之に作る、
  • 十一
  • 千五
  • 或定盛新藏
  • 十五
  • 二右衞門
  • 又左衞門
  • 亦一郎新五郎

頭注

  • 知見寺盛次
  • 伊藤重次

  • 天正十三年閏八月二日

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  • 七三

注記 (37)

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