『大日本史料』 11編 21 天正13年10月1日 p.133

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室は岩城左京大夫重隆か女、, 家臣小梁川中務盛宗か妻、, 母は上におなし、家臣國分能登盛氏か名跡を繼、のち伊達を稱す、, 母は上におなし、石川修理大夫晴光か養子となり、靈陽院義昭より諱字を與へられて昭光となのる、, 母は上におなし、, 母は上におなし、留守相模守顯宗か養子となり、高森の館に住す、のち政宗より伊達の稱號をうく、, 佐竹常陸介義重か室、, 「はしめ葦名盛興に嫁す、盛興卒してのち、其父葦名盛氏か養女となり、葦名三浦介盛隆か室となる、, 母は上におなし、杉目に住するか故に稱號とし、また伊達にあらため、, 母は上におなし、, 母は上におなし、, 昭光, 彦九郎, ○下, 久郎大和守, 伊達兵部大輔實元か妻、, 初宣隆孫次郎左京大夫, 直宗, 、郎上野介, 隆女, 晴宗ノ次男, 母ハ岩城重, 室は岩城左京大夫重隆か女、, 天正十三年十月八日, 左京大夫從四位下入道號道祐、, 一三三

割注

  • 家臣小梁川中務盛宗か妻、
  • 母は上におなし、家臣國分能登盛氏か名跡を繼、のち伊達を稱す、
  • 母は上におなし、石川修理大夫晴光か養子となり、靈陽院義昭より諱字を與へられて昭光となのる、
  • 母は上におなし、
  • 母は上におなし、留守相模守顯宗か養子となり、高森の館に住す、のち政宗より伊達の稱號をうく、
  • 佐竹常陸介義重か室、
  • 「はしめ葦名盛興に嫁す、盛興卒してのち、其父葦名盛氏か養女となり、葦名三浦介盛隆か室となる、
  • 母は上におなし、杉目に住するか故に稱號とし、また伊達にあらため、
  • 昭光
  • 彦九郎
  • ○下
  • 久郎大和守
  • 伊達兵部大輔實元か妻、
  • 初宣隆孫次郎左京大夫
  • 直宗
  • 、郎上野介

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  • 隆女
  • 晴宗ノ次男
  • 母ハ岩城重

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  • 室は岩城左京大夫重隆か女、

  • 天正十三年十月八日
  • 左京大夫從四位下入道號道祐、

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  • 一三三

注記 (26)

  • 1786,822,57,707室は岩城左京大夫重隆か女、
  • 1030,819,44,493家臣小梁川中務盛宗か妻、
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  • 648,792,43,1972「はしめ葦名盛興に嫁す、盛興卒してのち、其父葦名盛氏か養女となり、葦名三浦介盛隆か室となる、
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