『大日本史料』 2編 2 正暦4年7月~長徳3年8月 p.353

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らて、御みきのみたれさせ給にしなり、をのこは上戸ひとつの業のことに, すれと、すきぬるはいとゝ不便なるおり侍り、まつりのかへさ御らんすと, をは、いと本意なくくちおしきことにおほしめしたりけり、物も覺えす御, もすれは御みきいれてめす、けふもそれにてまいらする、もてはやさせ給, 見くるしかりけれ、大かたこの大將殿達のまいり給へる、尋常にて出給ふ, けて、三ところなから御もとゝりをはなちておはしましけるは、いとこそ, らすのついゐたるかたをかめにつくらせ給て、興あるものにおほして、と, に、あまりやう〳〵すきさせ給てのちは、御車のしりくちのすたれみなあ, ん、おほえきれいのとしこそうせさせ給へれ、されとその御やまひにはあ, 〓し、小一條大將、閑院大將とひとつ御車にて、むらさき野にいてさせ給ぬ、か, は女院のおなし腹也、關白にさかえさせ給て、六年はかりやおはしましけ, このおとゝ、これ東三條のおとゝの御一男なり、御母, 大鏡〕〓大臣道隆このおとゝ、これ東三條のおとゝの御一男なり、御母, 〔大鏡〕〓大臣道隆, 〓, 大鏡, 母同伊周公、, 母同伊周公、, 權大僧都、, 皇后定子、一條院后、敦康親王母、, 三條院坊時御息所、, 母、, 女子, 女子, 「山, 賀茂祭還, 上戸, 醉態, 酒ヲ嗜ム, 立ノ日ノ, 傳, 長徳元年四月十日, 三五三

割注

  • 母同伊周公、
  • 權大僧都、
  • 皇后定子、一條院后、敦康親王母、
  • 三條院坊時御息所、
  • 母、
  • 女子
  • 「山

頭注

  • 賀茂祭還
  • 上戸
  • 醉態
  • 酒ヲ嗜ム
  • 立ノ日ノ

  • 長徳元年四月十日

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  • 三五三

注記 (33)

  • 1205,670,66,2184らて、御みきのみたれさせ給にしなり、をのこは上戸ひとつの業のことに
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