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矢澤は上田より二里餘東也、, へか遣、其上雜人共といへ共、上方中國の侍に劣るべからす、妻子引連心安く籠城さす, 破られたるを口惜き事に思ひて、何事もあらば此無念を散せんと心懸けると也、, 常田・高槻大宮表へ出張して、敵をおひき入たると之事、雜説ニ曰、籠城評定の時、池, 田長門か曰、鍛冶番匠桶結抔の諸職人、惣而雜人原取入る事無盆なり、兵粮の費足手ま, たりしが、彼職人ども得物〳〵を携出、身命を捨て防戰し、手々に首取て、長門殿桶結, 鍛冶番匠桶結紺屋抔の働、侍に越たる事有、秘藏の物也と度々被仰し也、池田か持口を, べしと也、去程に寄手大勢なり、連々物に馴たる三河衆、是式の小城物の數にあらずと, か手並は角こそ候へ、大工かかんなめ斯こそ候へと、打付ては又欠出し、首取て來るも, 馬の鼻を雙べて攻入ける程に、常田口を押破りける、此口をは池田長門大將分にて固め, あり、討死するも深手を負て退くも有しと也、去に依て後々迄も、一當齋神川合戰の時、, 大宮は上田町つゝき宮社有所也、城ゟ二十四丁、, とひ成へしと也、安房守殿宣ふは、いや〳〵我等か城下に住宿の分、此處に至ていつく, 雜説に、安房守殿は城に在て、伊豆守殿・左衞門佐殿打出て、少々會釋て引取、依て勝, 職人等常田, 躍ス, 口ノ戰ニ活, 天正十三年閏八月二日, 一二四
頭注
- 職人等常田
- 躍ス
- 口ノ戰ニ活
柱
- 天正十三年閏八月二日
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- 一二四
注記 (19)
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