『大日本史料』 12編 1 慶長八年二月~同九年二月 p.354

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〔參考〕, あれは、是も御三間にて二獻參り、天盃たふ、天酌まてはなし、各伺候の時は, 基久、松木少將宗信、山科内藏頭言緒、藤侍從永慶、萬里小路侍從兼房、中院侍, 晴季公なとも、座につらなられしとかや、其後、各召はあれと祗候なし、長座, 十一獻、十三獻に及て、あけはなるゝ事のみにて有けると也、今はさまては, 跡、御比丘尼衆等伺候也、舊院の御時も、たゝ一度各伺候にて、今出川前右府, 窮屈、人々〓氣にたへさるによりて、斟酌ある也、其ゆへに日をのへて伺候, 辻少將季繼朝臣、廣橋左少辨總光、小川坊城俊昌、猪隈少將教利、持明院少將, 從通村、廣橋侍從兼賢、滋野井侍從冬隆、高倉侍從嗣良、予、源藏人孝治、新藏人, 五獻目天酌也、鷄鳴退出, 安倍泰重等也、七獻也、二獻目より各御前へ參、公卿構疉著之、殿上人圓座也, 御比丘尼衆、内々の男衆、觸催されて伺候あり、正親町院の御時まては、宮門, 〔後水尾院當時年中行事〕御めてた事、盆前此事あり、日限不定、兼日宮門跡, なけれと、毎度曉天に及ふ、御座已下公卿の座にいたるまて、のまへやうみ, 〔時慶卿記〕〓七月四日天晴、署甚、御所之御目出度事之由候, 御めてた, 事ノ次第, 慶長八年七月四日, 三五四

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  • 御めてた
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  • 慶長八年七月四日

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  • 三五四

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  • 1066,828,75,206〔參考〕
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