『大日本史料』 12編 1 慶長八年二月~同九年二月 p.379

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と、醉なきし給ひけれは、見つからもあはれと思ひて、よゝとなき侍りぬ, 〔參考〕, 月は入野も近き鹿の音, 謫居、寓于三井寺者三年、官籍, く當り侍る、耻しき儀なあら、たゝ拾枚持たりし判金をも、案内者なれは、奉, 行へ出て取たりしにより、かヽる侘しき身となり、年をもとりかぬるなり, 後及元和中、以爲秀頼所〓, 敷袖やはつ花すゝきかり枕玄旨, 月は入野も近き鹿の音昌叱, 堺目論をし、枸杞畠に垣をゆひ、主か爲にも聟なるに、他人よりもおそろし, 敷袖やはつ花すゝきかり枕, 其家資、賜昌叱焉、, 其名魁于天下、時有里村昌叱、善連歌、與紹巴, 齊名、以伍伯有松村氏、遂冐姓里村云、, 風ませに外山の秋の時雨來て, 何人, 〔〓簪録〕上里村紹巴者、, 天正十二年八月廿五日、昌叱初而、於丹後田邊下向之, 時、玄旨君昌叱兩吟、, 細川家記, 慶長八年七月二十四日, 細川家記〕華六天正十二年八月廿五日、昌叱初而、於丹後田邊下向之, 〔盂簪録〕上里村紹巴者、〓中其名魁于天下、時有里村昌叱、善連歌、與紹巴, 回, ト論ナク、又秀頼トアルモ秀次ノ誤ナラン、, ○中, 年二死セリ、サレバ、元和中トアルハ誤ナルコ, 慶長七, ○中, ○紹巴, 藤孝六, 略, ○下, 略, 略, 六, 三七九

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  • ト論ナク、又秀頼トアルモ秀次ノ誤ナラン、
  • ○中
  • 年二死セリ、サレバ、元和中トアルハ誤ナルコ
  • 慶長七
  • ○紹巴
  • 藤孝六
  • ○下

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  • 三七九

注記 (37)

  • 1605,656,60,2152と、醉なきし給ひけれは、見つからもあはれと思ひて、よゝとなき侍りぬ
  • 1018,834,74,204〔參考〕
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  • 1372,1881,58,782後及元和中、以爲秀頼所〓
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