『大日本史料』 12編 1 慶長八年二月~同九年二月 p.644

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御つかい也、かたしけなきよし御申あり、しろかね五十枚、とんす十まきし, 申にて、かうたいゐんになさるゝ、長はしよりほうしよいつる、大御ちの人, 召、有御振舞、楊弓被遊、, 三日、, ん上あり、女ゐんの御所へ、白かね廿まい、とんす五まき、女御の御かたへ、し, ろかね廿枚、とんす五まき、なかはし十まい、こそて一かさね、大御ちの人へ, きりとて、御ふるまいあり、大かく寺殿、正こゐん殿、こんゑ殿、おとこたちし, 〓故豐臣秀吉ノ夫人從一位淺野氏ニ、高臺院ノ號ヲ賜フ、, 女御近衞氏、新茗ノ御〓アリ、, 〔慶長日件録〕十一月二日、參番、女御殿御壺口切也、内々衆十五六人被, こう、大くもしにて御日し〳〵也、, 十一月三日、はるゝ、くもる、北のまん所、ゐんこう御, ヘ被進由候、可尋也、, 〔時慶卿記〕, 十一月二日、はるゝ、女御の御かた、御ちやの御くち, 十一月二日、天晴陰、時雨、女御殿ニハ御壺ノ口切ニテ、御所, 十一月, 二日、, 〔御湯殿上日記〕六・, 〔御湯殿上日記〕大十十一月二日、はるゝ、女御の御かた、御ちやの御くち, 〔御湯殿上日記〕〓十十一月三日、はるゝ、くもる、北のまん所、おんこう御, 〔御湯殿上日記〕, 大盡, 癸五朔, 寅, 十, 六十, 八, 卯, 甲, 六十, 御ちやノ, 御くちぎ, 御壺, 〓, 慶長八年十一月二日三日, 六四四

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  • 大盡
  • 癸五朔
  • 六十

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  • 御ちやノ
  • 御くちぎ
  • 御壺

  • 慶長八年十一月二日三日

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  • 六四四

注記 (37)

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