『大日本史料』 12編 2 慶長九年三月~同十年二月 p.463

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〔參考〕, の神徳多し、中にも小浦といふ濱邊へ、十一月の風波おたやか成日、小蛇來, 雲州は、前田徳善院の壻なり、彼内人、世に希なる美婦なるか、子息山城守も、, また父母に似て、ならひなき美男なり、剩へ大坂御陣のとき、若年なれとも、, 年、堀尾帶刀吉晴ヘ賜ヒ、隱岐ノ國ヲカネ領シ、能儀ノ郡富田ノ城ニ入リ玉, 樂寺山ヲ見立テ、アラタニ城ヲ築給ハント思ヒ立玉フ、然ルニ、忠氏病ニヲ, 先達て早世せられし故に、人みな雲州の死去を惜みたるとなり、かの堀尾, カサレ、遂ニ逝去シ玉ヒ、其子忠晴ハ、イマタ十歳ニモナリ玉ハ子ハ、其事ヤ, ヒテ、翌年、其子忠氏、ナラヒニ家老ノトモカラトハカリ、島根郡末次ノ郷、極, 進退の下知老功のことし、此父子三人は、武將の器量そなはりしにやとい, ○堀尾家傳異事ナキニヨリ省略ス、, 〔寧固齋談叢〕三出雲の國は、吾州開闢以來神國の中の神國とて、不思儀, ミヌ、, へり、, 雲陽志〕島根郡上松江府城當國島根郡松江ノ府城ハ、慶長五庚子ノ, 雲陽志, 談, 故事, 島根郡上, 島一, 忠氏父子, 三人ノ評, 判, 松江城, 出雲小浦, 忠氏ノ妻, ノ神異, 慶長九年八月四日, 四六三

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  • 故事
  • 島根郡上
  • 島一

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  • 忠氏父子
  • 三人ノ評
  • 松江城
  • 出雲小浦
  • 忠氏ノ妻
  • ノ神異

  • 慶長九年八月四日

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  • 四六三

注記 (29)

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