『大日本史料』 12編 4 慶長十一年四月~同十二年七月 p.52

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さやきしとなり、, さて〳〵汝はてかしたり、一樽の酒は、少分の事なり、多く遣したりとも、我, なりとおもひ居たり、正則、爰に來れと側ちかく呼て、少しも怒る氣色なく、, たり、彼士も覺悟せし事なれは、用意し出けるに、正則の前へ呼出さるゆへ, なるゆへ、汝ことき者まても、我等か前をはゝかりて與へさるよと、渠にさ, けすまれんは、無念の事なるへし、又餘多の樽より少しつゝ抜取てあたへ, れは、右の次第を申せしに、正則聞て、其者呼出すへしと有しかは、其身は元, 其事隱し置候とも、我何とてそれを知るへき、其方事律義成ゆへ、左樣のむ, 等か事かくへきにあらす、乍去某し差圖せさるものなれは、遠慮せしは尤, なり、若我手前をはゝかりて、秀家か所望にあたへさらんには、定て我吝〓, さき心なきは、神妙なりとて、甚機けんよきゆへ、存の外成事なりとて、皆さ, より、役人ともまても短氣成正則なれは、定て手討にせらるへしと思ひ居, 臆するいろもなく、無刀に成て出ける、近習の者は、只今手討に成へし不便, 備前中納言浮田秀家は、關ケ原の時、一萬八千を帥られしか、軍敗れて近江, 常山紀談〕〓浮田秀家八丈島へ配流の事, 常山紀談, ○下, 略, 六, 正則ノ慈, 仁, 慶長十一年四月是月, 五二

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  • ○下

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  • 正則ノ慈

  • 慶長十一年四月是月

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  • 五二

注記 (23)

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