『大日本史料』 12編 4 慶長十一年四月~同十二年七月 p.684

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いる、御こしなかはし殿、御けつり御くしへいないし殿、, 四月四日、雨ふる、女御の御かた、御いみあけにてくもしなる、ひめ宮の御か, あら御そくさいにて、めてたし〳〵、女御の御かたより、御たる三色三かま, たもなる、御さか月二こんらる、女御の御かたより、御たる三いろ三からる、, 一日ニ、其薨去ハ本年閏四月八日ニ、松平定勝ノ伏見城代ト爲ルコト, の御いわゐらる、こん二こんらる、, ハ、同二十九日ニ、各其條アリ、參看スベシ、, ○家康秀康ニ命ジテ伏見ノ留守タラシムルコトハ、十一年九月二十, 三月二日、はるゝ、女御の御かた、ひめ宮の御かた御たんしやう、御ふた所な, めてたし〳〵、女御の御かた、いまた三月こしにて、御さとにならします、, ○本條、姫宮ノ事ハ、本朝皇胤紹運録、執次詰所記等、御系圖類ニ所見ナ, 三月二日乙丑、天晴、女五宮御誕生由云々、女御御腹也、, 正月廿七日、雨ふる、かみなる、女御の御かた、御おひ, 〔御湯殿上日記〕, 〔言經卿記〕, 〓皇女御降誕、, 二日, 〔御湯殿上日記〕〓十正月廿七日、雨ふる、のみなる、女御の御かた、御おひ, 三十, 六十, 本, 蓋シ誤ナラン、, 書、五宮トアルハ、, 四, 〇, 且, 〓長十二年三月二日, 六八四

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  • 三十
  • 六十
  • 蓋シ誤ナラン、
  • 書、五宮トアルハ、

  • 〓長十二年三月二日

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  • 六八四

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