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〔參考〕, 和泉守これを贊補し、又長俊か死せし翌年慶長辛丑, 治亂記八十五卷目録一卷, のとも見えす、擬書なる事論なし、序跋によて按するに、豐太閤の命により, せしよし、長俊か自序、をよひ資方跋語にいへり、しかれとも記載當時のも, て、長俊太平記に繼て筆ををこし、慶長二年丁酉まて二百三十六年の事實, 同年八十五卷を作りて、遂に其業を奏せしよしいふ、しかれとも永樂錢の, 條に、慶長九年正月天下に行はれ、同十一年十二月八日通用を停止せられ, を記し、其功半は成就しけるに、太閤薨逝有しかは、其編纂やみけるに、太田, 統之後、御咄之衆に加らる、, 此書は、豐臣太閤の右筆山中山城守長俊か作にして、太田和泉守資方贊成, しといふの類年代あはす、寛永二十年江北狂雲子跋有きは、この人の作, 知人、面赤汗多、右手〓搦、遺尿、鼻鼾、脈浮弦而大、先灌至寶丹、次灌午黄、清心圓、, 平中風、不, 迄の記を加へて、, 〔玄朔道三配劑録〕慶長十一年十一ノ十二五時山中山城守、, 〔記録解題, 次灌八味順氣、, 餘歳, 册寫, 六十, 戰記十二, 三十七, ○六, ○上, 下略, 三十二, 年, 長俊ノ病, トナル, 御咄ノ衆, 記ノ解題, 症, 中古治亂, 慶長十二年十二月二十四日, 二一八
割注
- 餘歳
- 册寫
- 六十
- 戰記十二
- 三十七
- ○六
- ○上
- 下略
- 三十二
- 年
頭注
- 長俊ノ病
- トナル
- 御咄ノ衆
- 記ノ解題
- 症
- 中古治亂
柱
- 慶長十二年十二月二十四日
ノンブル
- 二一八
注記 (36)
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