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日ニ各本條アリ、參看スベシ、, 載記録三十三箇度也、, 田左兵衞被爲參詣有祈念、如元平愈有ト曰ケルカ、其後程ナク又破ケル由, 自殺と見へし、其破裂既に痊給ふへしと見えし故、兼見悦ひ下せしに、はた, 〔參考〕, 宸筆の告文捧けて、木の裂たる也とありしかは、其夜横に裂たり、一位歸洛, して平癒なり、凡像破裂の時は、松の樹裂ぬると云、これにて像の破裂を伺, 向すへしとて宗源殿にて問答、其時兼治短刀を懷中にして、もし痊すんは, に頓死也、其後吉田左衞門佐兼治勅使たり、親父兼見心もとなくおもひ、下, ふと云云、此時權現樣より御感状を被下、本多上野介添状、吉田の寶の第壹, 〔慶長年録〕三慶長十四年正月、多武峯大織冠木像、并御影木松、爲勅使吉, とす, 〔紳書〕五大織冠像破裂、慶長十一年より十二年に至る、始め清閑寺一位, 從永承元年御破裂、至慶長十三年御破裂、所, 〔附録, 〔先代破我集〕, ○清閑寺共房頓死ノ説、及ビ宸, ○上略、多武峯破, 筆ノ告文ト曰フハ誤傳ナリ, 裂記二異事ナシ, 五, 松ノ破裂, 像ノ破裂, ホドナク, ヲ知ル, 決ス, ニヨリテ, 兼治死ヲ, 復タ破裂, トノ説, 慶長十三年九月二十四日, 八二五
割注
- ○清閑寺共房頓死ノ説、及ビ宸
- ○上略、多武峯破
- 筆ノ告文ト曰フハ誤傳ナリ
- 裂記二異事ナシ
- 五
頭注
- 松ノ破裂
- 像ノ破裂
- ホドナク
- ヲ知ル
- 決ス
- ニヨリテ
- 兼治死ヲ
- 復タ破裂
- トノ説
柱
- 慶長十三年九月二十四日
ノンブル
- 八二五
注記 (32)
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