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御事, 被爲召候に付、駿府并高野山聖方之僧侶、不殘京都へ集會仕候處、去る三月, 本書之扣と、相違仕候、是は衆徒方より本書之通に仕差出候ては、聖方衆, 但、永享年中高野山寺家掟書寫、衆徒方より此節差出候處、聖方に有之候, 同年六月四日、駿府に罷在候聖方僧侶、并高野在山之聖方僧侶、不殘京都へ, 可隱ため、相違之寫仕差出候、一味之寺家同派の儀を、衆徒方相隱し候宿, 意は、後々聖方へ差障可仕萌に御座候に付、大權現樣御仁慮を以、御法度, 子爲破却、寶性院歸山仕候事、, 曲事之上は、行人方坊舍破風令停止之間、悉打毀可申旨、上意を以被仰出候, 付、寶性院種々御詫奉申上候得共、御聞濟不被爲有、行人方坊舍之破風狐格, 同年四月、行人方坊舍の破風角木、急度破却可仕之旨、衆徒方寶性院へ被仰, 徒方、永享の頃迄、一味寺家同派之譯分明に相成候に付、此後後々に至り, 書此後も兩度に及ひ、聖方衆徒方一所に被召出候て、上意被成置被下候, 御事、, 廿四日、於駿府被仰付候御裁判之通、今日板倉伊賀守殿を以被仰渡候、則同, 家康命ジ, 破壤セシ, ノ坊舍ヲ, テ行人方, 慶長十五年三月二十四日, 九二
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- 家康命ジ
- 破壤セシ
- ノ坊舍ヲ
- テ行人方
柱
- 慶長十五年三月二十四日
ノンブル
- 九二
注記 (21)
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