『大日本史料』 12編 7 慶長十五年閏二月~同十六年三月 p.357

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下に屬すへきむね仰をかうふり、ずなはち、めしに應して御陣營にまい, 男光秀とゝもに勇戰し、のち、同國濱の地藏にをいて、また一揆と戰ひを, 等、河内國のうち、十七箇所に楯籠るのとき、信盛に從ひてかの地に向ひ、, るにより、右府の命によりて、佐久間右衞門尉信盛に屬す、のち、一向門徒, ましへ、緒川勢利をうしなはむとするのとき、清秀たゝ一騎、たゝちに敵, しは〳〵軍忠をあらはすそのゝち、松永久秀か居城大和國信貴の城を, 揆終に敗走す、このとき、賊主盛林坊と鎗を合せその首をとる、右府大に, せむるのとき、一番に鎗を合せて首級を獲、また、荒木村重か籠れる在岡, の軍にありて戰功あり、天正二年、右府伊勢國長島の一〓をせむるの時, 今日のはたらきを感す、三年長篠の役にも戰功あり、このとし、信元卒す, 高木主水ならむとのたまふ、諸士これにつゝいて競ひかヽりしかは、一, 陣に乘いる右府これを見て、今白き羽織を著てすゝむものは、かならす, 城をせむるのときも、一番に塀につく、十年、東照宮甲斐國新府に御座の, とき、清秀か武名あるのよしきこしめされ、高木九助正廣を下され、御摩, そのゝち、姉川の役に、織田右府, 公事免許の御判物を下さる、, 慶長十五年七月十三日, ○判物ハ下, 二見エタリ, 城攻ノ先, 於ケル清, 信貴在岡, 長島役ニ, 登, 秀, キニ應ズ, 家康ノ招, 慶長十五年七月十三日, 三五七

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  • ○判物ハ下
  • 二見エタリ

頭注

  • 城攻ノ先
  • 於ケル清
  • 信貴在岡
  • 長島役ニ
  • キニ應ズ
  • 家康ノ招

  • 慶長十五年七月十三日

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  • 三五七

注記 (29)

  • 292,663,74,2151下に屬すへきむね仰をかうふり、ずなはち、めしに應して御陣營にまい
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