『大日本史料』 12編 8 慶長十六年三月~同年十月 p.483

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求めずしてありける時、語りけるとかや、, 水野和泉守カ家ニ有テ、今ニ石細工ヲ爲也、, 汝等は若年とは申なから、臆病至極の者ともかな、武勇の父ともが、名字を, 正立腹して、茶碗は惜しむにあらす、彼者とも、切腹にても云付られんかと、, よく、罪せらるゝならは、一同に科をかふむるへしと申合せける、清正には, 名高き者ともの子なれは、此事決て其科人を申へからす、たとへ御詮義つ, 命をおしみて隱すよと思はれしゆへ、其日當番の小性とも、殘らす呼出し、, 輕大將ニ三宅角左衞門、其事ヲ司テ、足輕ニ石ヲ切セタルニ、幕ヲ打テ人ニ, たきける、秘藏せらるゝ道具なれは、皆〳〵大に驚きしか、さすかに、武功の, 知らすして、何者か此茶碗をわりたると尋らるゝに、一人もいふ者なし、清, し置れたるを、小性とも集り見物するとて、一人の若輩者過て取落し、打く, 加藤肥後守清正、或時茶の會を催され、名物の茶碗を出, 見セス、甚秘事トスル由、彼家ノ老人ノ語シヲ、某直ニ承ル、今其足輕ノ子孫、, 〔明良洪範〕, 〔政談〕ニ加藤清正ハ、石垣ノ名人ト云レシ人也、侍大將ニ飯田覺兵衞、足, ○飯田覺兵衞石垣築法ノ事、十, 五年二月名古屋築城ノ條ニ引, 用セル、蓬左遷府記稿一, 續集, モ見エタリ、參看スベシ, 二, 衞門, 三宅角左, 慶長十六年六月二十四日, 四八三

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  • ○飯田覺兵衞石垣築法ノ事、十
  • 五年二月名古屋築城ノ條ニ引
  • 用セル、蓬左遷府記稿一
  • 續集
  • モ見エタリ、參看スベシ

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  • 衞門
  • 三宅角左

  • 慶長十六年六月二十四日

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  • 四八三

注記 (25)

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