『大日本史料』 12編 9 慶長十六年十一月~同十七年七月 p.709

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として、當山、本山之兩流相立事、古今之法度顯然に候處ニ、於所々當山之, 又、去々年、聖護院殿關東へ御下向之時, 偏ニ聖寶之御恩徳也、就其、本山之入峯は、八月上旬に、吉野へ參著也、當山, 本意事, 代を越、葛城にて、天下安全之御祈念、令成就者也、是を秋峯とも申、逆峯と, 儀非例之沙汰無念之至也、所詮本山は昔のことく、熊野よりの入峯、可爲, より、松明を小篠之護摩堂ニ殘し置、是を以、本山も天下御祈祷之護摩を, 同行を引取、或は殺害等前代未聞之儀也、本山は妻帶先達之故ミ、血脈相, 當山之跡をしたひ、御入峯を始給ひ、連々袈裟筋ひろまり繁昌之處也、是, 被執行者也、是則當山より傳燈之謂明白也、然に、近年如此之由緒を忘、新, 承之道理を被背、并入峯之作法も猥成儀無申計、先段に如申上候、當山は, 諸宗之法流は、三國共に血脈を以、佛法之相承在之、山臥は、袈裟筋を血脈, 眞言之峯也、爰を以、日本之眞言宗は、勿論當山之門流也、然に入峯を押へ, も名付、從果向因とて深意在之者也、然は本山聖護院殿、聖寳御再興之後、, 月六日に吉野へ駈入、大峯に攀、熊野三山をおこない、八月廿日に紀州藤, より、役錢を被懸、迷, ○十四年四月, ニソノ條アリ, 裟筋ヲ血, 山臥ハ袈, 本山ノ入, 脈トス, 本山派役, 錢, 峯, 慶長十七年四月是月, 七〇九

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  • ○十四年四月
  • ニソノ條アリ

頭注

  • 裟筋ヲ血
  • 山臥ハ袈
  • 本山ノ入
  • 脈トス
  • 本山派役

  • 慶長十七年四月是月

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  • 七〇九

注記 (27)

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