『大日本史料』 12編 5 慶長十二年八月~同十三年十二月 p.341

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て相續也、兄の安信又三百石加増して、其子安頼嗣く、, 如血云々、此事自南都注進傳奏勸修寺中納言云々、又多武峯光物出飛入春, はり、名を内藏介と改、宅地を金澤惣構の藪の内に給りしか、此屋敷往古よ, 國へ御聞合有しに、奉公御構ひにて、是非なく越後堀丹後守に圍はれ居け, 國主利常卿驚ひて、山田半左衞門といふ射術の達者に命して窺せらるゝ, 被下けるに、岩田腹を立、我を臆病者と思召けん、此上は奉公しても詮なし, りの化物やしきと云傳ふ、されは毎夜大入道出、内藏助と組合とそ聞へし、, るか、丹州病死の後、内藏介江戸へ又出て、歸參の儀を願ひ、先知にて正保二, とて、頓て立退きけれは、利常卿殊にをしませ給ひ、大勢追手を懸給ひけれ, に、中々手に合兼しかは、岩田と云ひ山田と云ひ、さしもの者共なるに、若怪, 共、早々跡をくらまして江戸に行、松平下野守へ五千石にあり付けれ共、當, 年の春本國へ〓り住む、其子二人、兄の安信に千石、弟四郎兵衞に五百石分, 我有てはいかゝと思召、岩田か屋敷を御用之有る由にて取上給ひ、替地を, 旗奉行を勤め、進退節に當れりとて、中納言利常卿より五百石の加増を賜, 〔孝亮宿禰日次記〕ニ九月廿三日癸丑、晴、或人語云、大和國猿澤池水南方, 血ノ如シ, 猿澤池水, 多武峯光, 化物やし, 大入道, 武人ノ氣, 風, 物, き, 慶長十二年雜載, 三四一

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  • 血ノ如シ
  • 猿澤池水
  • 多武峯光
  • 化物やし
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  • 武人ノ氣

  • 慶長十二年雜載

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  • 三四一

注記 (26)

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