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再建といふ, 家康、吉呂多院天海ヲシテ、日光山ヲ管セシム、, 寄終之地、此故以隣疆之閭里、寄附于日光山、, りしは、今の御本坊の地にて有き、今又御殿跡地といふ所は、古より座禪院, 四分、筋金九百五拾三匁、砂金拾三枚七兩貳分、, の寺地なりしかど、慶長十八年、座禪院住持、異義の事有て、退院して廢跡と, 貢する處乃銀千八百拾九貫四百四拾貳匁, なりしゆゑ、寛永十八年、御本坊、今の地へ再營と同時に、座禪院の舊跡へ御, 納をしとみゆ、但、砂金一枚は四拾八匁なり、, 山出乃金銀を加へて、金銀山をはしめ、諸向御遣し方となし、殘る金銀を上, 〓小判千九百壹兩なり、是皆々山出乃金銀にあらず、此頃は、諸運上に, 〔附録〕, 家康公、賜日光山於天海僧正、其義趣預定, 座禪院跡、前條ニ記し如く、今の御殿跡地き、古座禪院の舊跡なり、もとよ, 〔慈眼大師傳記〕乾同年。, 〔日光山志〕一御殿跡地、御本坊と相向、西の方、最初御殿を御創建あ, 〔佐渡年代記〕今年、, ○佐渡年代記拔書二「但壹兩, 慶長十, 慶長十, 五匁也, 八年, 一付四匁五分、壹枚ニ付四拾, 八年, ○中, トアリ, 略, 小判, 筋金砂金, 貢納ノ銀, 御殿跡, 座禪院跡, 慶長十八年是歳, 二三四
割注
- ○佐渡年代記拔書二「但壹兩
- 慶長十
- 五匁也
- 八年
- 一付四匁五分、壹枚ニ付四拾
- ○中
- トアリ
- 略
頭注
- 小判
- 筋金砂金
- 貢納ノ銀
- 御殿跡
- 座禪院跡
柱
- 慶長十八年是歳
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- 二三四
注記 (34)
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