『大日本史料』 12編 14 慶長十九年五月~同年九月 p.201

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門物ノ主人也、森美作殿姉聟, カロクシテ下ヨリナレヤスシ、治世ニハ大將ノ威オモクナリテ下ヨリナ, アラス、惣別治世亂世ニテ大將ノ威勢チカフモノナリ、亂世ニハ大將ノ威, 浦生源左衞門、蒲生家ノ衰微シタルユヘカ、藤三郎ハ氏郷, を着て、自身てこを取て石をまはし、宿へかへらす、普請場にて石に腰かけ、, かけき天守のやうにて、内のからくりき、岩の上に長きみしかきつかはし, 付候時、六十万石の侍、不殘江戸の御普請場へ被出候、蒲生源左殿たちつけ, 外石垣はやく出來、將軍樣御機嫌よく、色々拜領とさた御座候つる、, めんついにて飯をくい被申候まゝ、諸侍衆も、皆々その〓く被仕候條、存之, 將軍樣之御代に、江戸御城大手の石垣御つみなをしを蒲生下野殿へ被仰, らをたて、物不入のたくみ、さても〳〵才覺者にて御座候つる、, 笠間き、此元の御城の〓く、山城に天守を源左衞門殿御たて候、よそより見, ノコトク家來ニシタシミナキ事ヲ述懷ス、本多佐渡守挨拶ニ、イヤサニハ, 〔武功雜記〕五森内記殿祖父關小十郎右衞門、尾張者用ニ立蒲生源左衞, なし、あしかる計、普請仕候由、, 〔武功雜記), 二, 二十, ノ笠間城, 覺者, 郷成ハ才, 郷成築造, 慶長十九年六月十四日, 二〇一

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  • 二十

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  • ノ笠間城
  • 覺者
  • 郷成ハ才
  • 郷成築造

  • 慶長十九年六月十四日

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  • 二〇一

注記 (24)

  • 757,575,62,862門物ノ主人也、森美作殿姉聟
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