『大日本史料』 11編 3 天正10年12月 p.504

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去年關安藝守盛信龜山に歸參の後、家督を立んとす、先家臣をあつめて、を, が拘し峯の城を拔き取り、瀧川義太夫を入も置く、こき一盆が甥なり、次に, 吉、關家に對し、謀反をすゝめらる、盛信返答に、某蒲生と申あはを候間、蒲生, の〳〵異見をとふに、葉若は次男右兵衞を立んといふ、この人足かたわな, 瀧川龜山の城を取り、佐治新助を入置き、同く關の諸侍を加入し、鈴鹿口の, にあり、盛信、葉若と同意し、右兵衞尉をもつて家督にたて、蒲生右兵衞大夫, 留守をうろゞひ、一族四十三人同意し〓、謀反を企て、瀧川家に便りて、龜山, 子、秀吉と一味なもば、關家父子もこれに同じく秀吉にしよくす、すなはち, 所存次第に、いろやうとも御意にしたがふべきよしを述ぶ、本より蒲生父, の城をうばひ取る、瀧川一盆諸勢をもよほし、長嶋の城を出、先岡本下野守, 賢秀がむことす、この故に、葉若は權たつく、岩間は威をうしなへり、爰に秀, 盛信天正十一年正月、秀吉へ禮として、葉若をともなひ上洛す、家臣岩間其, るによつて、若年より山門にのぼをて兒とす、岩間は三男勝藏を立んとす、, 抑關家を相續する人代々乳房四ツあり、今勝藏かくのごとし、其比柴田家, 押へとす、關安藝守入道萬鐵、子息右兵衞一政蒲生家に便りく、此旨を言上, 〓山ノ僧, 一盆岡本, ニ叛キテ, 秀吉ニ屬, 盛信信孝, ル峯城ヲ, 拔ク, 一依リテ, 良勝ノ守, 一政不具, トナル, 天正十一年正月是月, 五〇四

頭注

  • 〓山ノ僧
  • 一盆岡本
  • ニ叛キテ
  • 秀吉ニ屬
  • 盛信信孝
  • ル峯城ヲ
  • 拔ク
  • 一依リテ
  • 良勝ノ守
  • 一政不具
  • トナル

  • 天正十一年正月是月

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  • 五〇四

注記 (28)

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