『大日本史料』 12編 15 慶長十九年十月~同年十一月 p.179

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て、大坂迄到着せしに、大坂籠城の時にて、諸浪人招き集ること夥し、是に依, ○以下諸浪士ノコトニ係ル、, て小僧忽ち還俗し、元ト三輪村の田夫の子なるを以く、自ら三輪頼母と名, ルニハ非ズ、但シ越前ニ在リシ時ハ、勘兵衞ト呼ナラン、, り、落城の時き、一方を切り抜け命を助りしか、其後紀州大納言え參り、大坂, 申上しかは、紀州諸士も彼か炮術に達せし旨吹擧あり、依く五百石の知行, ニ從フ、勘兵衞正倫ハ勇士ナリ、越前家へ召出サル、忠直卿ノ時立退、浪人シ, テ、後ニ大坂ニ籠リ、越前ト名乘レリ、忠直卿憤リ、御宿カ首ヲ五千石ニ購ラ, ニ御敵を致せし三輪頼母、浪人いたし困窮に候間、御扶持方頼み奉ると, ル、野本右近討之、其時年五十二トアリ、關東古戰録ニ、北條ノ〓下御宿越前, 乘、城中に加り、紀州の攻口を預り、石火矢をうつ事妙を得たり、僧躰ニ〓、石, 火矢を如何して丹錬せしにや、依てく紀州の諸大將も三輪頼母を恐れ合へ, 守ナル者ミユ、彼家ノ舊稱ナルベシ、忠直卿ニ敵〓、新タニ越前守ト名乘タ, 駿州葛山監物友綱入道ノ嗣ト成、友綱ハ今川ニ背キ武田ニ仕ヘ、後ハ北條, 〔延陵世鑑〕ニ延岡恆富村願成寺小僧、學文の志しありて、關東に趣んと, 達人, 三輪頼母, 松平忠直, 石火矢ノ, ト正友, 慶長十九年十月六日, 一七九

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  • 達人
  • 三輪頼母
  • 松平忠直
  • 石火矢ノ
  • ト正友

  • 慶長十九年十月六日

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  • 一七九

注記 (22)

  • 995,653,60,2228て、大坂迄到着せしに、大坂籠城の時にて、諸浪人招き集ること夥し、是に依
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