『大日本史料』 12編 17 慶長十九年十二月~元和元年三月 p.37

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へきため、左近をはしめ菅和泉正利、ニ勘兵衞, ナこはとく、黒田美作一成と倶に、忠之公の御先備たり、又嫡子左近は、是とり先、, 一大坂京伏見之儀は、周防罷下候間、定〓可申聞候、右衞門佐事、萬事を打捨, 卒て大坂にのほり給ふ、美作も、兼て長政公、江戸表より御軍令を筑前に示, を能立、十二月廿八日、大坂に着、, 長政公より、小熊の城に居るへき旨御下知有しの共、此度左近も、忠之公の, 坂にのほり、十二月、攝州兵庫に御着陣あり、但馬も、兼て長政公の御下知の, 慶長十九甲寅年十二月、大坂御陣の時、公命に依て、忠之公、筑前國より、兵を, を兵庫に殘し置ける、, 御供にてのほりボる、其後忠之公住吉の御本陣に行給ふ、此時諸法度申付, 淡路所ゟ、井上周防者差下候間、一書申遣候, し給はる、御條目の内、御先備毛利但馬、黒田美作兩人に被仰付に依て、福岡, 藤原姓黒田美作一成, 〔黒田御用記〕, 小林甚右衞門久重、, 年の冬、大坂御陣の時、忠之公御下知に依て、筑前より、兵を卒て大, 高橋彦次郎匡順, 同, 慶長十九年十二月十九日, 喜多村安兵衞所持之分, 後號, 坤○筑前, 伊豆, 若狹少將, 十九, 勝俊之男, ○慶長, 陣ニツイ, テ長政ヨ, 忠之ノ出, リ在國家, 臣へノ書, 同黒田一, 成, 状, 慶長十九年十二月十九日, 三七

割注

  • 喜多村安兵衞所持之分
  • 後號
  • 坤○筑前
  • 伊豆
  • 若狹少將
  • 十九
  • 勝俊之男
  • ○慶長

頭注

  • 陣ニツイ
  • テ長政ヨ
  • 忠之ノ出
  • リ在國家
  • 臣へノ書
  • 同黒田一

  • 慶長十九年十二月十九日

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  • 三七

注記 (37)

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