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と家譜に見へたり、, いつにも殘念なり、此石を大坂へ〓さは、稀代の事なるべし、何卒積きまし, 門、御船手梶原五郎右衞門を呼んていふよふ、めつらしを大石、切碎ろんは, 積へしといふ、これによりて、既に切分けて積むへきに極りしか、次郎右衞, くやと、五郎右衞門聞て、此節順風こ而候得者、積て見候半とて、彼石を段平, 長三間四尺、横九尺、厚さは尺の大石を堀出したり、されと中々船へ積むへ, 船手、其外役人を因州より犬嶋へ遣さきて、直に大坂ニ上させ給ふ、忠雄卿, 池田新吉ろ家よりは、家臣高木齋、片桐權之介、波多掃部、替なく大坂へ相詰、, の御普請奉行佐橋三郎兵衞、丸山四兵衞も、犬島へ渡りて指圖せり、然るに, り石を大坂に上せ給ふ〓〓きとも、因伯よりは不便利なれは、此比、備前を, 奉行人、役人等罷上り相勤、寛永元年の節迄、往來六年相勤、伯州八橋へ罷歸, きとは見へす、烈公御普請奉行湯淺次郎右衞門見て、船に積ん事をはかる、, 三郎兵衞、四兵衞は、かやうなる大石何とて船積なるへきや、早々切分けて, 市正は、此年、年頭の御使相勤、直に大坂御普請相勤むとあり、此役に、烈公よ, 忠雄卿領し給ふ時なきは、同國犬嶋の石を御もらひありて、御普請奉行、御, 犬島ノ石, 大石輸送, 尺横九尺, 寛永元年, 幸隆備前, 坂ニ輸送, 乞ヒテ大, 長三間四, ヲ忠雄ニ, ノ大石, 頃マデ繼, 續ス, 苦心, ニ關スル, 元和六年正月二十三日, 一一一
頭注
- 犬島ノ石
- 大石輸送
- 尺横九尺
- 寛永元年
- 幸隆備前
- 坂ニ輸送
- 乞ヒテ大
- 長三間四
- ヲ忠雄ニ
- ノ大石
- 頃マデ繼
- 續ス
- 苦心
- ニ關スル
柱
- 元和六年正月二十三日
ノンブル
- 一一一
注記 (31)
- 1668,635,55,563と家譜に見へたり、
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