『大日本史料』 12編 1 慶長八年二月~同九年二月 p.326

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院の番士に列し, 一時は餘人に異なり、異儀なく一乘をもりたつへしといふ、しかれとも、, 百五十石をわかちて、一乘をよひ母祖母等に所務せしむ、元和二年、一乘, 六右衞門強て名代の事をこふにより、青山忠成、大久保忠隣と相議して、, 十五歳にいたるまて、六右衞門代りて役をつとむへきむねを達するの, 否といふ、こゝにをいて一積をめし、一乘十五歳にいたるまて、代りてつ, とむへきむねを命せらる、よりて一積二千石の地を知行し、そのうち二, ところ、主人の名代しかるへからすとかたく辭して、一乘か從弟瀧川三, ろ理なりといへとも、いまた二十歳にもみたす、番士の列に加へられむ, 伯耆守忠俊について訴へ申のところ、台徳院殿の仰に、一乘かいふとこ, 九郎一積なるもの、中村一角某に仕ふ、かれをして名代とせらるへきや, まては、なを一積名代してしかるへしとて、七百五十石の地を一乘に賜, 十五歳にをよふといへとも、一積釆地をかへしあたへさるにより、青山, はり、千石を知行す、五年十一月二十日、大猷院殿に拜〓し、七年西城御書, 』日、〓姫路城主池田輝政、燈明田ヲ封内多可郡住吉神社ニ寄附ス, 慶長八年六月四日, ○下, 烙, 瀧川一積, 〓長八年六月四日, 三二六

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  • ○下

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  • 瀧川一積

  • 〓長八年六月四日

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  • 三二六

注記 (21)

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