『大日本史料』 12編 17 慶長十九年十二月~元和元年三月 p.60

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乃狼藉を制す、, るゝといへとも、埋めやう若麗略か延引せは、相改むへき旨、松平下總守忠, さる、此使往返の間に、内外の堀悉く埋まな、, の堀一同に埋むとす、城中大に驚く、秀頼京都へ使を立て、約速相違之旨達, 御和睦相調むたるにより、堀埋め立の奉行は、城方は京極若狹守へ仰付ら, り天王寺表にいたり、東照宮の御本陣に備ふ、其後和睦ありて、十二月二十, 之事, 明、本多美濃守忠政、本多豐後守康重、此三人へ仰付られ、殘し置れ、來春まて, 松平忠明, 御和睦ありてのち、松平, 〔寛政重修諸家譜〕, せられ兩御所御返答に、城内の堀埋る事、偏ニ奉行人の誤りなりと仰せ遣, む事を奉行す、, 一日、本多美濃守忠政、本多豐後守廣孝等とおれしく、大坂城の惣堀をうつ, 〔子(爵本多忠敬氏回答書〕和睦ニ付、忠政奉行として、堀埋立并ニ四門堅め, 忠明、本多康紀等とおれしく、大坂城の惣堀を埋め、且四門を警衞して、諸軍, ナはれよ, 本多忠政, 〔寛政重修諸家譜〕, 守、略, 初清匡、鶴松〇上略、平野二陣, 六百八, 丸、下總守、セシコト二係〃, 美濃, 美濃〇上, 五十, 十一, 守、, 丸、下總守, 松平清匡, 城方ノ埋, 埋メント, 立奉行, 本多忠政, 慶長十九年十二月二十一日, 六〇

割注

  • 守、略
  • 初清匡、鶴松〇上略、平野二陣
  • 六百八
  • 丸、下總守、セシコト二係〃
  • 美濃
  • 美濃〇上
  • 五十
  • 十一
  • 守、
  • 丸、下總守

頭注

  • 松平清匡
  • 城方ノ埋
  • 埋メント
  • 立奉行
  • 本多忠政

  • 慶長十九年十二月二十一日

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  • 六〇

注記 (36)

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