『大日本史料』 12編 19 元和元年五月 p.464

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原遠江守康勝、本多出雲守忠朝、堀尾山城守忠晴等、上杉佐竹兩陣の後詰, 卒をは〓ましせめいらしむ、正次か良從酒井左一郎某、柵をへたてゝ敵, 勢しかは、これつか得る所乃敵なり、こは〓をとる事なかれといひて、正次, な、勝永か與力齋藤左内某、左一郎か得きぬせしところの首をとらんと, 例く、時に敵すゝみ來りて、しきりに銕炮をはなち、景勝か士卒死傷多く、, 一人を〓殺し、其身も疵をかう第よ、政世か郎從馳來りて、敵〓鎗を奪と, 柵を越て兵士一人をうちとり、堀しうちにすて、なを三重の柵を越て、士, ら〓、武藏國足立多摩兩郡のうちにをいて、五百石を加増あり、すへて二, としてよせきたな、こゝにをいて正次等先に進み、柵を隔て鎗を合せ、又, たすけしむ、味方ぼゐに事故なく陣所を圍む、十二月、和睦のゝち、仰をう, はせ歸りく、諸勢にむかひ、敵今出張せん、味方の陣を堅固に守〓へしと, けて大坂城の石壘をこほち、外隍を埋むることを奉行す、後軍功を賞〓, か先行にしたつふところ、勝永か男甚三郎忠正來りて其首をとる、正次, ほとんと利をうしなはんとす、よりて忠晴の士卒をつかはしてこれを, 十石を知行す、元和元年の役にもしたかひ奉り、御旗奉行をつとめ、又先, 元和元年五月七日, 大坂夏役, 旗奉行, 元和元年五月七日, 四六四

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  • 大坂夏役
  • 旗奉行

  • 元和元年五月七日

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  • 四六四

注記 (20)

  • 1794,727,61,2145原遠江守康勝、本多出雲守忠朝、堀尾山城守忠晴等、上杉佐竹兩陣の後詰
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