『大日本史料』 12編 19 元和元年五月 p.463

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き野猪御前ちかくはしり來るを見て、持たる鎗を投してこれを〓、其鎗, 〓んにはしかしといひ第〓は、政世もこ〓に同す、〓のゝち仰により、榊, ま〓り、御鎗奉行〓り、且伏見の御陣所割をつとめ、それより先陣乃〓使, り居るへきにあらにと、正次聞て、しからは台聽に達して、後詰の勢をつ, 伊東右馬允政世とゝもに鳴野におもむき、軍監をつとむ、十一月、敵兵鳴, 野に出張し、柵を系まへ、鉄炮をの〓て並居貲り、政世こ」れを追ちらさん, といひけれは、正次とゝめて、追ちらけんことはやすしといへとも、こはの, をいて大なる野猪を射殺す、御感ありて御弓矢をたたふ、又さき乃こと, 猪を貫きて岩にとをりしを台覽ありて、賞譽をられ、こはの鎗を岩〓と號, として大坂にあり、上杉景勝鳴野に陣を張のとき、正次、屋代越中守勝永, くたしとの仰をかう多〓、十九年、小田原城の外郭破却のとき、こはれを奉, 地乃形勢あらはな〓き、たとも柵はたふるとも、こゝに人數をたてゝぬ, 行す、このとし大坂し亂おこりて、台徳院殿御進發乃とき、したかひたて, ことめかたしといふ、しかれとも政世、この敵をうちちらのて、たゝまも, のとき供奉し、十五年二月、台徳院殿三河國田原山に御狩のとき、御前に, 元和元年五月七日, 奉行, 〓野合戰, 大坂役槍, 元和元年五月七日, 四六三

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  • 元和元年五月七日

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  • 四六三

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