『大日本史料』 12編 16 慶長十九年十一月~同年十二月 p.282

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臣澁江内膳政光、梅津半右衞門憲忠をして、今福に兵を出さしむ、政光、憲忠、, をつた〓しかは、敵兵敗北し、終に彼柵を乘とり、家臣伊達三河守盛重、石塚, うち取ところの首を實〓す、未刻にいたりて、城兵三千はかり、〓炮をはな, 力戰して柵ちかくせめよす、敵八人鎗を揃へ〓いつ、憲忠も鎗をとりてこ, 隙に柵中に乘いり、政光敵一人を〓伏首級を得豈り、笈川南右衞門國助も、, ら鎗を提〓、衆をは〓まし奮ひたゝかふとい〓とも、終に〓炮にあたりて, 敵乃部將矢野和泉正倫と組てこれを討取、其餘小川刑部右衞門某、江尻軍, 同時に、かの地忘敵を追ひはらふ〓きむ手仰をかうぬる、二十六日、義宣、家, 兵衞清次等數人首級を得壹り、このとき、義宣も、み〓から馬を出して下知, 入かたし、憲忠、則下知をつたへ、嚴く〓炮を放たしむ、敵これに辟易す、姿の, 大膳義辰、戸村十大夫義國、小野大和義繼等をして、これをまもらしむ、この, とき屋代秀正、安藤正次、伊東政世の三使また來る、義宣も其場に臨み、共に, れにむかふ、從者等たすけ戰ふといへとも、敵勢はけしくして、をやすく討, ちて〓出す、其勢ひあたりかたく、輕卒等散散に敗走す、政光怒りて、みりか, 命を殞す、だの餘小野崎源左衞門通勝、高垣兵右衞門重久以下數人血戰し, 敵棚ヲ奪, シ義宣ノ, 軍敗走ス, 城兵〓出, 政光戰死, 慶長十九年十一月二十六日, 二八二

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  • 敵棚ヲ奪
  • シ義宣ノ
  • 軍敗走ス
  • 城兵〓出
  • 政光戰死

  • 慶長十九年十一月二十六日

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  • 二八二

注記 (22)

  • 1689,637,73,2232臣澁江内膳政光、梅津半右衞門憲忠をして、今福に兵を出さしむ、政光、憲忠、
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