『大日本史料』 12編 13 慶長十八年九月~同十九年四月 p.574

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しはしのうちに、寄手の軍士死亡するもの百餘人、創をのうふなものも、, 則俊、もの馴たる勇士をすくり、二手にりかち、不意に尾崎の敵陣をうち, 越前秀綱をして、援兵たらしむ、十七日、春日左衞門、志村かために利をう, れにより、秀綱兵を全くして、城中に入事を得たり、上山城は、義光か家臣, しなひしを怒り、再ひ長谷堂を攻なといへとも、城兵よく防戰せしかは、, て、須賀澤山に屯し、春日左衞門某は、尾崎に陣す、夜に入て、城將志村伊豆, したひ來りしのは、則俊城外にすゝみ、相さゝへて、敵あまたをうち取、こ, 百餘級を得たり、このとき義光、山形城にありて、合戰のつけをきゝ、鮭延, にて直江か陣をうち、首數級を得、軍を收めむとせしに、敵しきりにあとを, またお〓ろりたれは、むなしく軍を收め、輕卒をして、城邊に苅田せしむ、, 〓こゝにをいて、鮭延秀綱、虚をうかゝひ討て出、輕卒等を追はらひ、勝に乘, 里見越後某、守なのところななか、軍議ありて、山形にいたり、男民部某を, 兼續軍をりかちて、長谷堂、上山の兩城に發向し、長谷堂より十四町を隔, しかは、春日か軍勢大に狼狽す、則俊の軍士等、その機に乘し、追討して、首, 守將とし、草苅志摩某か勢、をよひ東山の郷民等をとゝめて守らしむ、景, 慶長十九年正月十八日, 春日某長, 攻メマタ, 守兵敵軍, 谷堂城ヲ, 上山城ノ, 敗ラル, 日某ヲ敗, 俊敵將春, 長谷堂城, ラ敗ル, 將志村則, 慶長十九年正月十八日, 五七四

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  • 春日某長
  • 攻メマタ
  • 守兵敵軍
  • 谷堂城ヲ
  • 上山城ノ
  • 敗ラル
  • 日某ヲ敗
  • 俊敵將春
  • 長谷堂城
  • ラ敗ル
  • 將志村則

  • 慶長十九年正月十八日

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  • 五七四

注記 (29)

  • 976,698,60,2149しはしのうちに、寄手の軍士死亡するもの百餘人、創をのうふなものも、
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