Loading…
要素
頭注ノンブル
OCR テキスト
信峯、相木市兵衞某等、菅沼刑部少輔某を先導とし、二十九日の曉、城ちか, 内に砦を構へて住すといふ、, くすゝみ來る、家臣等、敵の大軍を見て、籠城叶ぬましきよし諫めしかは, たり、其疵より、この病を發せしところなりとそ、のち定盈は、下條村堀, 卒急を告れともおとろかす、ときに山口五郎作某、利害を陳て諫むるに, のとき、本城破壤のところ多きにより、大野田のうちに城を築てうつり, た定盈か大野田の新城を攻んとて、山縣三郎兵衞昌景、小笠原掃部大輔, 田寺にして、癰腫をやみて沒す、これさきに、鳥居かうちたる鐵砲にあ, 屬せむことをすゝむといへとも、したかはさりしかは、つゐに山家三, 七月二十日、長篠城を攻たまふのとき、久間中山に附城を築き、酒井左衞, 門尉忠次、松平上野介康忠とゝもにこれを守る、二年、さきに野田城沒落, 定盈、斥候を出してこれをうかゝひ、防戰せんとて、閑室に入、謠を諷ひ、士, 方の人質と相かふ、これより信玄は、野田をしりそき、三河國田口の福, になりて、定〓城を出、このとき信玄、定盈か籠城の武功を感し、旗本に, 住す、四月十五日、勝頼、三河國に出張し、足助、安城、大沼等の諸城を陷れ、ま, 野田城ニ, 定盈ヲ大, 武田勝頼, ニツキ病, 攻ム, 因ノ一説, 信玄卒去, 定〓軍中, 二謡ヲ諷, 慶長九年七月十八日, 四一一
頭注
- 野田城ニ
- 定盈ヲ大
- 武田勝頼
- ニツキ病
- 攻ム
- 因ノ一説
- 信玄卒去
- 定〓軍中
- 二謡ヲ諷
柱
- 慶長九年七月十八日
ノンブル
- 四一一
注記 (26)
- 606,732,59,2129信峯、相木市兵衞某等、菅沼刑部少輔某を先導とし、二十九日の曉、城ちか
- 1310,801,57,858内に砦を構へて住すといふ、
- 490,730,57,2144くすゝみ來る、家臣等、敵の大軍を見て、籠城叶ぬましきよし諫めしかは
- 1423,809,64,2055たり、其疵より、この病を發せしところなりとそ、のち定盈は、下條村堀
- 257,730,57,2128卒急を告れともおとろかす、ときに山口五郎作某、利害を陳て諫むるに
- 958,736,58,2134のとき、本城破壤のところ多きにより、大野田のうちに城を築てうつり
- 722,736,61,2135た定盈か大野田の新城を攻んとて、山縣三郎兵衞昌景、小笠原掃部大輔
- 1542,810,59,2057田寺にして、癰腫をやみて沒す、これさきに、鳥居かうちたる鐵砲にあ
- 1777,803,58,2063屬せむことをすゝむといへとも、したかはさりしかは、つゐに山家三
- 1191,733,58,2137七月二十日、長篠城を攻たまふのとき、久間中山に附城を築き、酒井左衞
- 1075,730,58,2140門尉忠次、松平上野介康忠とゝもにこれを守る、二年、さきに野田城沒落
- 372,730,60,2132定盈、斥候を出してこれをうかゝひ、防戰せんとて、閑室に入、謠を諷ひ、士
- 1661,803,57,2066方の人質と相かふ、これより信玄は、野田をしりそき、三河國田口の福
- 1892,812,63,2050になりて、定〓城を出、このとき信玄、定盈か籠城の武功を感し、旗本に
- 841,728,57,2140住す、四月十五日、勝頼、三河國に出張し、足助、安城、大沼等の諸城を陷れ、ま
- 784,289,43,164野田城ニ
- 826,292,42,169定盈ヲ大
- 869,287,45,174武田勝頼
- 1666,295,38,165ニツキ病
- 738,291,41,74攻ム
- 1620,290,42,172因ノ一説
- 1708,290,41,173信玄卒去
- 388,290,41,169定〓軍中
- 344,297,43,163二謡ヲ諷
- 152,726,44,383慶長九年七月十八日
- 152,2452,48,115四一一







