『大日本史料』 12編 2 慶長九年三月~同十年二月 p.410

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野田城にかへり住す、, てこれを救はんと、これによりて、敵中よりも、杉山村萬福寺の住僧を, このとき、伊勢國山田の住人村松芳休といふ者、この城に籠る、芳休舘, 二千騎の兵を副て、東上村、廣瀬川の邊にをいて、これを相かふ、のち定盈、, から、尋常に勝負はなさて、用水を斷事、信玄か所爲にも似すと嘲りし, 申送りけるは、城中水つきて、士卒〓に苦しむ、願くは定盈一人自殺し, かは、寄手水を贈らむとて、城中の人數を問、城兵わつかに千餘なりし, をよくして、夜毎にぬく、聲の妙なりしかは、敵これに感し、しは〳〵城, を、僞て三千人と答ふ、これよりして、日毎に一人に水三椀つゝを贈る、, 家傳に、野田城中、水つきて〓にくるしむのとき、城兵のうち、勇壯の士、, 鐵砲をはなちたりしに、敵陣おほいに騒擾し、次の日、家臣今泉四郎兵, 邊に近よりけるを、二月九日の夜、鳥居三左衞門某、これをうかゝひて、, 衞かもとへ、矢文を射入て和議をこふ、定盈も、能滿寺の住僧をもつて, 塀のうへにのほりて敵にむかひ、かゝる小城ひとつに、多勢を率ゐな, して、定盈か死をとゝめ、山家三方の人質にかへん事をはのり、和すて, 慶長九年七月十八日, 城中ニ贈, 城中ニ吹, 毎夜笛ヲ, 信玄水ヲ, 村松芳休, 野田籠城, 中ノ話, シテ城兵, ノ死ヲ救, 定盈自殺, ハントス, ク, 四一〇

頭注

  • 城中ニ贈
  • 城中ニ吹
  • 毎夜笛ヲ
  • 信玄水ヲ
  • 村松芳休
  • 野田籠城
  • 中ノ話
  • シテ城兵
  • ノ死ヲ救
  • 定盈自殺
  • ハントス

ノンブル

  • 四一〇

注記 (29)

  • 1699,695,56,639野田城にかへり住す、
  • 292,785,69,2058てこれを救はんと、これによりて、敵中よりも、杉山村萬福寺の住僧を
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