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國の兵を率ゐて、彼城にむかふ、定盈、その隙をうかゝひ、夜に乘して野田, へる地に、砦を築て住す、氏眞また、牧野出羽守某、牧野右馬允貞成をして, 百助信俊をせむるのとき、定〓、清員とゝもに出張して軍功あり、七年、小, 今川の兵西郷の城を攻、城主西郷正勝、其男孫九郎元正載て死す、その末, 城を襲ひ、つゐにこれをせめ落し、ふたゝひこの城に住す、七月二十六日、, 來りせめしむ、定盈力戰して、敵兵數多を撃取、勝利を得たり、この年、御旗, 賀したてまつり、御謠初の夜、著座の列にあり、六月二日、さきに、今川の一, 築て住せしむ、其のち今川氏眞、武田信虎と共に、三河國一宮の城主本多, 男孫六郎清員擒となり、のち野田城に遁れ來る、清員は、定盈か從弟なる, 族堀越六郎氏延、逆意をかまへ、見附城に盾籠るにより、小原資良、遠三兩, により、東照宮にこひたてまつり、正勝か遺跡を賜はり、西郷古要に城を, をすゝめられ、牧野出羽守某、をよひ右馬允貞成をうちたまふのとき、定, 原資良か籠れる吉田城を攻させたまふとき、定盈、酒井忠次か軍に屬し, 盈先陣し、家臣等もまた戰功あり、五年正月二日、岡崎城にをいて、歳首を, て戰功をあらはす、十一年, 三河國悉く御摩下に屬すといへとも、, 慶長九年七月十八日, 寛永系, 圖八年, 四〇六
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- 寛永系
- 圖八年
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- 四〇六
注記 (20)
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