『大日本史料』 10編 14 天正元年2月~同年3月 p.55

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主なり、はしめは大權現にしたかひたてまつりて、後にこゝろさしを信玄に通ず、, 二千騎を相そへ、定盈ををくりて、川中洲におゐて、たかひに是をとりかはす、其, これにより大權現其妻子をとらへをきたまふを、此時其妻子をかへして定盈にかへ, 〔菅沼家譜〕, 後定盈、ふたゝひ野田の城にかへり住す、山家三方とは築手・長篠・駄峰三所の城, らる、, 大權現これをゆるしたまひ、二千騎の兵を相そへ、人質ををくりたまふ、信玄も又, 或説ニ、牛久保ヨリ本坂ヲ御越、燒摩訶耶寺、大福寺前クラカリ峠御通リ也、是ハ彼寺, 新八郎定盈傳, 廿叶大權現へつかひをもつて申けるは、山家三方の人質をもつて定盈にかへんと、, 新八郎、織部正、野田の城に住す、, 一、, 定盈, ○上略、徳川家康、三河設樂郡中, 宇利郷ニ出陣スルコトニカヽル、, 寺所藏, ○宗堅, 略, ○中, 天正元年二月十七日, 五五

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  • ○上略、徳川家康、三河設樂郡中
  • 宇利郷ニ出陣スルコトニカヽル、
  • 寺所藏
  • ○宗堅
  • ○中

  • 天正元年二月十七日

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  • 五五

注記 (21)

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