『大日本史料』 12編 2 慶長九年三月~同十年二月 p.412

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中山與六某、こふて城に入て放火し、竟に蒼鷹を据ていつ、定盈き、このひ, 天神落城のときも、定〓軍功あり、家臣鳥居俄右衞門, をいて戰死す、かくて山縣昌景、また西郷をせむ、定盈、西郷清員を援けて, て、君か伏戸、婆か懷に陣せしむ、このとき、定〓案内者として、先陣をうけ, まに野田瀬を越、西郷まて引退く、與六も其あとをしたふといへとも、を, ろ愛せし蒼鷹を取來らむとせしに、從臣等強てこれをとゝむ、このとき、, 眞先にすゝみ、外廓をせめやふる、のち東照宮、上杉謙信に御使を下さる, る事あるにより、謙信よりも、定盈かもとに誓約の書をよす、九年三月、高, ちとり高名す、六月、遠江國小山城を攻たまふときも、定盈先隊にありて、, たまはり、酒井忠次に屬し、鳶巣、君か伏戸の敵を追撃、家臣等、敵數人をう, 等か、こもれる長篠城を攻むとて、鳶巣に附城を構へ、武田兵庫信實をし, より、定盈、これにしたかひ、五郎作を殿とし、南曲輪より遁れ出、中途にし, 防戰し、山縣か軍を破り、首數多を得たり、三年五月、勝頼、奧平九八郎信昌, て、士卒を西郷に逃れしめ、その身は城にかへり、寢室に火をはなち、日こ, よはすして、つゐに敵のために撃る、このとき、山口五郎作某も、吉祥山に, 某、首三級, 慶長九年七月十八日, はしめ三, 左衞門, 定盈ト上, 杉謙信, 四一二

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  • 四一二

注記 (22)

  • 1477,737,60,2126中山與六某、こふて城に入て放火し、竟に蒼鷹を据ていつ、定盈き、このひ
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