『大日本史料』 12編 4 慶長十一年四月~同十二年七月 p.919

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すちかひに脊にとをる、其外矢にあたりて死し、創をかうふるもの少か, 合せ其首を得たり、八年酒井將監某謀叛して、上野城にこもるにより、酒, 守綱は腰を射られ、小藤花甚五郎某は兩股にあたり、川田彦十郎某は片, 敵將眞先にすゝみ、士卒を勵し戰ふものあり、杉浦惣右衞門久勝これを, 射むとす、忠政、田乃畔をまはり、近くよりてこれを射倒す、義昭か軍終に, 攻むと、酒井雅樂助正親とゝもに西尾城を抜て、猶東條城を攻るのとを、, せたまふのとを、城際にして敵將を射、又浮橋にて敵の物頭を射たをし、, 邊源次仲綱か射る矢にあたりて創をかうふる、七年また東條城を攻さ, 敗れて城中に逃れ入、六年一向専修乃徒蜂起のとき、大久保忠勝其一族, 夫正重は、見上乃板より脊にいたり、坂部又六郎某は、鎧のりたかみより, 股を射らる、喜藤八大夫某は、脇差より鎧をとをし腹にきすつき、筧助大, らす、軍散してのち、弓勢を感し、各其矢ををくり返す、このとき忠政も、渡, 凶徒といとみたゝかひ、忠政か矢にあたりて傷者多きか中に、渡邊半藏, 深津八九郎某に其首をとらしむ、こはの年東三河の合戰に、忠政、敵と鎗を, をあつめて、和田の出丸を守るにより、忠政もゆきてこれに屬し、日々に, 〓長十二年五月六日, 一向一揆, 忠政, 二於ケル, 忠政ノ弓, 勢, 〓長十二年五月六日, 九一九

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  • 一向一揆
  • 忠政
  • 二於ケル
  • 忠政ノ弓

  • 〓長十二年五月六日

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  • 九一九

注記 (23)

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