『大日本史料』 12編 19 元和元年五月 p.413

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ちにをいて、釆地五百石をくはへ壹まひ, 城乃柵際にいたな、ときに大久保甚右衞門長重、城織部信茂等相あ〓まり, つ事急なり、忠知等敵を欺ていはく、汝しらすや、我等みな城兵なりと、敵兵, 日、平野にをい〓合戰〓にはしまるのとき、忠知馬をはせて敵陣をやふり、, 事實に汝か芳情によれりとて、その首を忠右衞門に託し、隊長忠俊か許に, なかりしかは、彼馬を敵にうははよ、正長、忠右衞門にあひ、今日功をたつる, りて敵陣にむかはんとす、ときに同隊乃與力近藤忠右衞門某馬をかす、正, 台徳院殿つかへたてまり, り、御書院番をつとむ、元和元年大坂の役に、青山伯耆守忠俊か隊下にあり、, 山伯耆守忠俊の組に屬し、御書院番に列してしたのひ壹くあつる、五月七, て一所にあり、退んとすよとき、敵兵數多すゝみきたりて、これをかこみう, 五月七日の合戰に、正長の乘ところの馬鉄炮にあたりしかは、歩たちにな, これを信して引退く、凱旋乃ゝち、青山か隊下し士の甲乙を壹ゝさなゝの, 長其馬にうちのり、敵陣にのき入そ首一級を得たり、このときつゝく從者, 〔寛政重修諸家譜〕, 時、忠知つ又ひらかにこの事を言上す、東照宮御感あり、上總國武射郡乃う, 今村正長, 八百四, 傳四, ○下, 十一, 略, 郎, 今村正長, 元和元年五月七日, 四一三

割注

  • 八百四
  • 傳四
  • ○下
  • 十一

頭注

  • 今村正長

  • 元和元年五月七日

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  • 四一三

注記 (26)

  • 1132,624,55,1213ちにをいて、釆地五百石をくはへ壹まひ
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