『大日本史料』 10編 21 天正2年2月~同年4月 p.303

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いへる小者、とひをりて忠世を扶く、ときに敵兵數人馳きたる、從士三人善戰, て馬をあたへ、歩行立となりて引退く、從者兒玉甚内某たちかへりて、政吉を, か隊下杉浦宗左衞門政吉、創をかうふる、忠世馬より下、これに乘てしりそく, れに壓され、過ちて岸下に轉ひ落、家臣兵藤彌惣・兒玉傳左衞門をよひ犬若と, ひ、あるひは討死し、あるひは苫戰してこれを防く、忠世からうして岸にのほ, てのらす、忠世すへきやうなくして、汝のらは乘へし、乘すは捨よと云て、強, へしといふ、政吉眼を瞋していふ、將帥たるものみたりに下馬すへからす、某, 知を傳へむ、且我この馬に乘て生を全うすとも、何の面目あらむと、固く辭し, こときは數人死たりとも妨なし、大將馬を失ひ、もし事あらは、誰か諸軍に下, たすけのせ、いそき忠世にしたかふ、路隘くしてわつかに一騎を通し、かたへ, は畦にして谷深し、敵なを跡を躡て來る、士卒列をみたしてはしり逃、忠世こ, り、むかふ敵の兩股をきる、一人の敵おりあひ、忠世かれかために鎗つけらる, 弟勘七郎某及ひ堀小太郎某・鵜殿藤五郎某・小原金内某等すへて二十餘人、, 防戰て討死す、忠世をよひ忠重も反し、あはせて奮戰す、このとき忠世, 呈譜、五, 十餘人、, 享, 貞, 天正二年四月六日, 三〇三

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  • 天正二年四月六日

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  • 三〇三

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