『大日本史料』 12編 4 慶長十一年四月~同十二年七月 p.262

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り、五徳散といへよ藥を製して、諸軍にあたふ、その方いまなを子孫にに, 十人を率ゐて、したかひたてまつり、谷を越て鐵砲をはなたしめ、みつか, 從者渡部惣八郎某、鳥毛の羽織を著して、よく廣正か進退にしたかひて、, 血戰せしかは、錢五貫文を惣八郎にたまひ、これより惣八郎を鳥毛とめ, ら鎗をましへて、敵數多をうちとる、このとき隊下の同心杉浦又十郎某、, 助は、渡邊忠右衞門守綱と言葉をかはして、なを敵地にはせ入により、別, は、佩させたまふ御刀の、金龍の目貫を御手たから廣正に賜ふ、この戰に, 磯貝助大夫某、伊藤喜兵衞某、九藏某、權助某、市十郎某、惣十郎某、早川惣助, たふ、八月、同國小山にをいて御合戰のとき、廣正苦戰して軍功ありしか, 年五月長篠の戰に、鳶巣城を攻るのときも、軍功あり、六月、遠江國諏訪原, の役に、諸卒炎〓におかさるゝもの多かりしかは、廣正仰をうを〓まは, に三十貫文を賞賜せらる、後、伊藤喜兵衞某はめされて御家人に列し、台, 某等八人、奮戰して首級を得しかは、おの〳〵錢十貫文をたまひ、早川惣, さる、九年歩卒二十人をあつけらる、十二年長久手の役に、隊下の同心二, 徳院殿ににかへたてまつり、御鷹飼となる、この役をはるのゝち、御勝利, 慶長十一年七月二十六日, 五徳散, 軍功, 長久手役, ニ於ケル, 廣正ノ奮, ニ於ケル, 小山ニ於, ノ苦戰, 長篠ノ戰, ケル廣正, 戰, 二六二

頭注

  • 五徳散
  • 軍功
  • 長久手役
  • ニ於ケル
  • 廣正ノ奮
  • 小山ニ於
  • ノ苦戰
  • 長篠ノ戰
  • ケル廣正

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  • 二六二

注記 (28)

  • 1592,719,71,2146り、五徳散といへよ藥を製して、諸軍にあたふ、その方いまなを子孫にに
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