『大日本史料』 12編 18 元和元年四月~同年五月 p.937

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口伊豆守重信も直孝の陣にくはゝりしか、のきにすゝむて討死す、河手主, 直孝のあら手にか第たてられ、縱横に敗走次、山口左馬助某踏とゝまつて, 血戰し、家臣八田金十郎知當かために討たる、木村重成も必死を期して奮, り、戰を接むとす、安藤長三郎某かたはらより、この敵我に得させよといひ, 郎右衞門令昌、大鳥居彦三郎滿基等、各軍功をは〓まし、なを敗兵を追〓首, かこまれて戰死す、孕石源右衞門泰時、廣瀬左馬助將房等も力戰して死す、, 水良行勇を〓るひ、鎗をあはせて首級を得よといへとも、敵四五騎か中に, 木村か兵あさより午にいたるまて苦戰數囘にして、倦つかるゝのとこあ, て、其首をとる、正木舍人重次き、佐久間藏人某をうちとり、〓の餘日下部三, 戰す、庵原助右衞門朝昌、重成と鎗をあはせつきヂせしか、重成また起あか, 一今度六日之御かせんはニて、拙者はたらきの樣子、たれも殿樣御前へ被, たてまりりしかは、〓の功を賞せられ、御前にめされて赦免をかうぬる、山, 乍恐書付を以申上候事, 三百餘級を獲たり、, 〔井伊家文書〕, 戰死ス, ノ戰功書, 河合彌五, 井伊家臣, 等戰死ス, ノ戰死, 山口重信, 川手主水, 木村重成, 助, 元和元年五月六日, 九三七

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  • 戰死ス
  • ノ戰功書
  • 河合彌五
  • 井伊家臣
  • 等戰死ス
  • ノ戰死
  • 山口重信
  • 川手主水
  • 木村重成

  • 元和元年五月六日

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  • 九三七

注記 (27)

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