『大日本史料』 11編 1 天正10年6月 p.438

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こし、義は戰死の屍を清むるそとて、終に義死をだ遂たりずる、御牧三左衞, 門尉、前後左右をかへり見、とかく惣敗軍なりと、〓かゝり討死せすんは、日, 卒に面を進め、一擧に死を角ひ苦戰せし有さま、たとへていはんかたもな, 堀尾兩人して、松田の勢をは〓〳〵く討捕にけり、然る處に、高山右近、山崎, し、痛はしや其心さしは勇みしか共、敵に御方を合すれは、大海の一滴、九牛, 見て、弱き下々は裏崩し見へずれ共、伊勢、諏訪云ずるは、勇は先祖の面をを, 北に推つ返つ、散々に高山と火花をちらし戰ひける處に、中川瀬兵衞尉は, か一毛なれは、引つゝんて、一人も不漏うち留にずり、寔二百騎計にて、池田, 高山、中川か大勢にはし向ひ令苦戰、忠死をとけたりし御牧か心中、類ひす, まつ退給へと云すて、手勢二百餘騎左右に隨へ、眞黒に成てつたかゝり、萬, 向守も危からんとおもひ、光秀へ使者を遣し、御牧只今討死仕候、其〓に一, の南門をとち、先を掛しかは、心安も一番合戰をそはしめぎる、惟任か先手, 伊勢與三郎、諏訪飛騨守、御牧三左衞門尉、其弟勘兵衞尉も、東西に開合せ、南, 左を遮り、池田父子は右を進んて、箕手におし廻し、引つゝまんとしけるを, くなお事共也、惟任はおんばうか塚に、五千有餘の勢を備へて有しか、御牧, 衞門ノ奮, 御牧三左, 討死ス, 伊勢諏訪, ばう塚ニ, 鬪, 光秀おん, 陣ス, 天正十年六月十三日, 四三八

頭注

  • 衞門ノ奮
  • 御牧三左
  • 討死ス
  • 伊勢諏訪
  • ばう塚ニ
  • 光秀おん
  • 陣ス

  • 天正十年六月十三日

ノンブル

  • 四三八

注記 (25)

  • 1101,631,62,2188こし、義は戰死の屍を清むるそとて、終に義死をだ遂たりずる、御牧三左衞
  • 989,621,61,2192門尉、前後左右をかへり見、とかく惣敗軍なりと、〓かゝり討死せすんは、日
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  • 1804,623,62,2192堀尾兩人して、松田の勢をは〓〳〵く討捕にけり、然る處に、高山右近、山崎
  • 524,625,60,2189し、痛はしや其心さしは勇みしか共、敵に御方を合すれは、大海の一滴、九牛
  • 1214,621,63,2199見て、弱き下々は裏崩し見へずれ共、伊勢、諏訪云ずるは、勇は先祖の面をを
  • 1449,627,62,2181北に推つ返つ、散々に高山と火花をちらし戰ひける處に、中川瀬兵衞尉は
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