『大日本史料』 12編 18 元和元年四月~同年五月 p.1143

Loading…

要素

割注頭注ノンブル

OCR テキスト

君くれば木村長門が首のかさ, びやかに出たりとぞ、我かたる河内の山べに石がきとあざ名する民戸あ, り、木村が乳母が里也とぞ、木村戰死の日香爐一口をおくりて、文をそへた, 説のごとく、島津より城内へ兵粮五百石を入んといふ、神君ゆるして入さ, をしめしと云みな口々にたがへり、予か徘かいの句に、, 一座感じてほむる、我もよくいひしと思へりし也、, しむ、米を納めて歩卒等かへる、此中に秀より、眞田、後藤、木村もつれてしの, 候、其處ゟ廿間計南之方ニ、木村長門石碑有之候、法名なとも刻申候、俗物, 氏石碑有之候、文は林道春、象額は石川丈山筆ニ而、甚見事成碑ニ〓御座, の戰場は、一里の行程をへだてしかば、いかにして行いたらん、是は世に云, だ二十町は行ざるよと思ふに、君うち死なりと告かへる、つたへ云、若江村, り、その文のうつしを見たるに〓の文也、又世に戰死の日、兜の中に蘭奢待, 謹按、若江村の東出口十三街道へ懸候處、村口ゟ貳丁程參、左ノ方ニ山口, 〔元和先鋒録〕, 元和元年五月六日, ○本文ハ略ス、重成, 戰死ノコト二係ル、, 重成戰死, ノ場所, 元和元年五月六日, 一一四三

割注

  • ○本文ハ略ス、重成
  • 戰死ノコト二係ル、

頭注

  • 重成戰死
  • ノ場所

  • 元和元年五月六日

ノンブル

  • 一一四三

注記 (21)

  • 915,714,58,918君くれば木村長門が首のかさ
  • 1413,644,59,2221びやかに出たりとぞ、我かたる河内の山べに石がきとあざ名する民戸あ
  • 1288,642,62,2220り、木村が乳母が里也とぞ、木村戰死の日香爐一口をおくりて、文をそへた
  • 1660,647,63,2220説のごとく、島津より城内へ兵粮五百石を入んといふ、神君ゆるして入さ
  • 1040,642,59,1734をしめしと云みな口々にたがへり、予か徘かいの句に、
  • 793,662,56,1496一座感じてほむる、我もよくいひしと思へりし也、
  • 1535,648,61,2214しむ、米を納めて歩卒等かへる、此中に秀より、眞田、後藤、木村もつれてしの
  • 268,711,60,2151候、其處ゟ廿間計南之方ニ、木村長門石碑有之候、法名なとも刻申候、俗物
  • 401,716,58,2148氏石碑有之候、文は林道春、象額は石川丈山筆ニ而、甚見事成碑ニ〓御座
  • 1785,652,61,2214の戰場は、一里の行程をへだてしかば、いかにして行いたらん、是は世に云
  • 1907,654,63,2213だ二十町は行ざるよと思ふに、君うち死なりと告かへる、つたへ云、若江村
  • 1162,643,62,2229り、その文のうつしを見たるに〓の文也、又世に戰死の日、兜の中に蘭奢待
  • 535,718,59,2146謹按、若江村の東出口十三街道へ懸候處、村口ゟ貳丁程參、左ノ方ニ山口
  • 649,602,100,440〔元和先鋒録〕
  • 164,710,49,337元和元年五月六日
  • 698,1209,42,550○本文ハ略ス、重成
  • 654,1205,44,567戰死ノコト二係ル、
  • 565,268,44,173重成戰死
  • 519,272,42,122ノ場所
  • 164,711,47,337元和元年五月六日
  • 164,2457,47,154一一四三

類似アイテム