『大日本史料』 12編 1 慶長八年二月~同九年二月 p.698

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かしたりたん、村詮に腕を切付られて引退ク、一忠大音を揚て、其者討止め, に走る、又領内の寺社領其他を檢する事、骨を削るか如く、大山等これの爲, 良を邵く、因て、服部小膳、藪内匠と云ふ二人忠臣たりしか、これを憤て他國, 倒す、善右衞門は村詮に深き恩有たれは、彼と知らは吾か手にくは殺さし, て老臣役人に宴を賜ふ、日暮て各退きたるに、一忠村詮を呼返し、一紙を取, よと下知せられたれは、番士近藤善右衞門、長刀を取て追驅、終に村詮を斬, と云ふ者あり、殊に村詮を疾みけるか、彼を討殺し給ふ可しと、密に一忠に, に三刀許切付らる、村詮二の間に走り出るを、安井清十郎支へけるに、いか, て、江戸より御書至れり、拜見せよと與へらる、村詮畏て戴く所を、一忠抜打, 命を蒙りたれは、其威遠近に振ひしの、終に貪〓の心を發し、佞邪を喜ひ、忠, て、十一人の臣と會議せられけり、慶長八年十一月十四日、賀儀の事あり、因, 勸めたり、一忠兼て思ふ所も有けれき、河獵と披露し、馬場村八幡の社前に, に衰ふと云へり、諸事傍若無人たれ共、其威に恐れて、曾て忠言を達する者, なし、一忠若しと云へとも、安からぬ事に思はれたるに、近臣に安井清十郎, と、世の人云ひあへりける、村詮か侍等、奧に切入りけれは、一忠幾危き所を, 郎村詮ヲ, 除カンコ, 安井清十, トヲ勸ム, 村詮殺サ, ル, 慶長八年十一月十四日, 六九八

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  • 郎村詮ヲ
  • 除カンコ
  • 安井清十
  • トヲ勸ム
  • 村詮殺サ

  • 慶長八年十一月十四日

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  • 六九八

注記 (23)

  • 517,652,69,2208かしたりたん、村詮に腕を切付られて引退ク、一忠大音を揚て、其者討止め
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