『大日本史料』 12編 33 元和六年正月~同年六月 p.557

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とゝまりて塚乃か考にかくき居、敵乃來ををまつ、守綱もおれしくかし, 勇なきに似とりとて、速にすゝみ出、敵兵山下八郎三郎某と鎗をあはせ, 九郎某、同新七郎某等は、田乃畔にそふて退きしか、敵勝に乘して追きた, か〓は今川家隨一の士なりとて、其功を賞譽せらに、五年九月、三河國八, を合する事しは〳〵なり、こ乃とき路次にをいて、矢田作十郎某、足いた, こにありしか、おもへらく、常春は老兵なり、我壯年にしてこゝに居には、, しよしきこしめされ、御馬をすゝめらに、米津藤藏常春、御旗を見るより、, 祿元年、尾張國石瀬にをいて、水野信元と合戰乃とき、奮戰して軍功をあ, みて行事あたはさるにあひ、これを助けて去しむ、東照宮、味方利を失ひ, 次利をうしなひて引退く、このとき軍を二手に分り、守綱をよむ石川新, らはす、四年八月、今川氏眞臣糟屋善兵衞某、小原藤十郎某守れる三河, るにより、各かへし合すを事三度、乃ち守綱むとり踏とゝまりて殿し、鎗, 國長澤城を攻とまふ乃とき、守綱、藤十郎と組旧、終に其首をとりしかは、, 幡乃たゝかひに、氏眞乃將板倉彈正某と兵をましへ、味方の先陣酒井忠, 守綱母は義綱か女、弘治三年より東照宮に末ろへとずまつな、, 永, 元和六年四月九日, 六歳, 時に十, ノ戰, ノ城攻, 尾張石瀬, 履歴, 三河長澤, 三河八幡, ノ戰, 元和六年四月九日, 五五七

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  • 六歳
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  • ノ戰
  • ノ城攻
  • 尾張石瀬
  • 履歴
  • 三河長澤
  • 三河八幡

  • 元和六年四月九日

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  • 五五七

注記 (28)

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