『大日本史料』 12編 19 元和元年五月 p.140

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の五六人、その外創を蒙るも乃あり、勝隆鎗をとりて馬より下らんとす、家, 乘して目前にすゝみ來る、勝隆か第あはせくいとみ戰ふ、家人戰死すなも, 酒井家次に屬しあしむかひたてあつり五月七日乃合戰に後陣に備へし, 戰ひ、康重を援第、白幌の〓むむ武者一人を討取、このとき重綱か手に獲と, なを進てはせむかふ、ときに金の半月乃指物し〓る敵二十人ああり、勝に, て敵陣にすゝみ入ま、勝隆も相つゝきて馬をはす、轡ににぬものわつかに, 臣鶴見内藏助某これをとゝむなかゆへに、馬をひかへて對陣に、敵兵きそ, 十騎許、先ニすゝみし味方の兵入みたれてひきしりだくといへとも、勝隆, 元和元年乃役にも、家次, か、先手松平丹波守康重すゝみ戰ひず殆危し、重綱遙にこはれをみてにすみ, ひ來るといへとも、終に其場をしりそかす、このとき勝隆か手に首五級を, に屬し、五月七日乃合戰に、一隊の士鯢波の起なをきゝ、馬乃遲速にまかせ, こあ乃首二十九級なり、, 元和元年大坂御陣のとき、, 得〓り, 〔寛政重修諸家譜〕, 稻垣重綱, 寛政重修諸家譜, 水谷勝隆, 三百八, 初重種、, 十四, 八百六, 十九, ○酒, 攝津守, 伊勢, 井, 守、, 稻垣重綱, 水谷勝隆, 元和元年五月七日, 一四〇

割注

  • 三百八
  • 初重種、
  • 十四
  • 八百六
  • 十九
  • ○酒
  • 攝津守
  • 伊勢
  • 守、

頭注

  • 稻垣重綱
  • 水谷勝隆

  • 元和元年五月七日

ノンブル

  • 一四〇

注記 (33)

  • 1087,643,61,2210の五六人、その外創を蒙るも乃あり、勝隆鎗をとりて馬より下らんとす、家
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