『大日本史料』 12編 19 元和元年五月 p.399

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により敵終に正秀か首を得るをを得す、其事高木善次郎正成、遠山平大夫, 山角勝重, り、すてにあやうかりしとこ法に、味方乃衆兵援〓來りしかは、かの敵みな, て、正次か〓下の士、ひとしく競ひすゝみて接戰す、このとき正直も馬より, とせしに、敵あまた襲來なにより、こ〓をすてゝ相戰ひ、創四箇所をかうふ, しりだきけなにより、正直、正次の男善次郎正成とこと葉をかはしてその, 主水正正次か組に屬してしたかひ壹くまつ〓、五月七日、天王寺邊にをい, こ〓を稱美す、, 證とす、十二月二十七日、諸士乃軍功を糺され勸賞あな乃とき、正直も其列, をり、鎗をもつて黒具足を着たる敵をつき伏せ、腰刀をぬき、其首をとらむ, 元和元年大坂御陣乃とき、高木, 元年大坂の役に、高木主水正正次に屬してしたかひをくま〓り、同隊の士, 米は收めらる、, にありて、下總國印旛香取二郡乃うちにをいて、五百石乃釆地をたまひ、廩, 兼松正直, 間宮庄五郎正秀敵とたゝかひ深手負しを、勝重助けて其郎從に託す、これ, 慶長十八年大番に列し、元和, 〔寛政重修諸家譜〕, 〔寛政重修諸家譜〕, 九百九, 市左, 十三, 衞門、, 九百, 下總, 十七, 守、, 兼松正直, 山角勝重, 元和元年五月七日, 三九九

割注

  • 九百九
  • 市左
  • 十三
  • 衞門、
  • 九百
  • 下總
  • 十七
  • 守、

頭注

  • 兼松正直
  • 山角勝重

  • 元和元年五月七日

ノンブル

  • 三九九

注記 (31)

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