『大日本史料』 12編 31 元和五年七月~同年十月 p.275

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くひま〓)なり、漸にしだ山中にいたるのところ、凡二十六村、男女千餘人な, り、〓〳〵を姓名を糺し、一揆乃ものをからめとり、〓乃張本の輩百四十餘, 路をふさかしめ、渠等ろ訴訟乃む〓を聞へしとたはろりよせ〓、其刀、脇指, 一揆の者十九人を誅す、二十三日、人吉を立〓、江代にいたる乃とき、山中の, くて正之等、夜半より出て椎葉山にむろふ、この山に入に三乃路あり、より, をうはひ、みれこもを搦取、山中村里乃人別、家數及び姓名等xてをたつ手, せず、其刀をうはふへしと、夫らり嶮岨を凌だよち乃ほる、其さろしき〓た, 〓ろらす、二には、誅すを事をしらしむるつらす、三には、彼等をたはろりよ, 問、御朱印をたづはりしものと、一揆乃ものを二に引わ〓その夜むそかに, とけとす、一揆等これをきゝて、然多ときさ、かれらす山中乃者を〓〳〵誅, に與をし者を尋〓、其實否を糺しだこれを誅し、更に他人にしらしめす、か, て兵士を三手にわ〓〓はかり〓をしめす、一には、一揆等を他所にもらす, 徒黨三十餘人其地に來〓、皆是をとらへをき、御朱印をたづひし者に、一揆, 山中を出て人吉にいたる、正之等、ひそかに人を間道にすろはし多、その歸, をられむとにはあらしと〓、十八日、彈正某か男をはしめとし多三十餘人、, 元和五年七月二十八日, 二七五

  • 元和五年七月二十八日

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  • 二七五

注記 (17)

  • 406,631,60,2185くひま〓)なり、漸にしだ山中にいたるのところ、凡二十六村、男女千餘人な
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