『大日本史料』 12編 31 元和五年七月~同年十月 p.273

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長毎しは〳〵飛檄をもつて、この事を上聞に達するにより、數度評議あり, 仰をかうぬ〓、正之等彼地にいたらき、長毎と有馬左衞門佐直純ろ兵士を, て、七月二十八日、大久保四郎左衞門忠成とゝもに、一揆を退治すへきむ〓、, 悦テ、山中悉ク安堵ス、, 須彈正某徒黨をあつめて、久太郎某を〓害す、これより山中擾亂をしかは、, 揆蜂起す、彼山き一に那須山と號し、嶮岨にし〓、往還乃人まもなり、其路は, る那須久太郎某、同左近大夫某等に朱印をあたへ、其地に産すを所乃鷹を, 獻をしむ、東照宮乃御代に及ひても、また御朱印を下され、事なかりしに、那, 十餘人是ヲ誅戮ス、女子自〓ノ者ノ殆二十人、爰ニ於テ朱印ヲ賜ル族大ニ, 相良左兵衞佐長毎か所領球麻郡より通す、はしめ豐臣太閤、かの山に住す, ひたてxつる、このときにあたり〓、肥後、日向兩國の境、椎葉山にをいて、一, 女一千餘人ヲ集メ、其名ヲ記シテ是ヲ搦捕リ、其邪正ヲ分テ、惡徒ノ者百四, 九月二日、椎葉山ノ兩使山中ヲ出テ、日向國細嶋ニ至リ、是日、舟ヲ發シテ伏, 阿倍正之, 〔寛政重修諸家譜〕, 五年五月、御上洛乃とき、したろ, 見ニ赴ク, 六百, 四十, 四郎, 五郎、, 伏見ニ歸, 正之忠成, 亂民ヲ誅, ル, 元和五年七月二十八日, 二七三

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  • 六百
  • 四十
  • 四郎
  • 五郎、

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  • 伏見ニ歸
  • 正之忠成
  • 亂民ヲ誅

  • 元和五年七月二十八日

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  • 二七三

注記 (27)

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