『大日本史料』 12編 6 慶長十四年正月~同十五年二月 p.765

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進發あり、家成從士を率ゐてしたかひたてまつり、隊伍をとゝのへて甲, き一手役の將となる、元龜元年、織田右府比叡山をかこみせむるのとき、, 從士等逸して戰をまつ、天正元年正月、武田か兵を討むとて、東三河に御, 頭とし、西三河の諸士は家成、東三河き忠次、これを指揮するのところ、家, り、家成掛川より夜討して曉にいたり、つゐに其首將を討取城をせめお, 家に志を通するもの多し、掛川に近き香具阿の城主も志を變するによ, とす、十二月三方原の役には、家成掛川城を守るかゆへに陣にのそます, りて掛川城を家成にたまふ、このとき御〓下の士加藤新五左衞門某、同, と日々相戰ふ、三年十月、武田信玄みつから遠江國に出張せしかは、武田, 仰によりて酒井忠次とゝもに援兵として近江國にいたり、佐々木承禎, 隊となりて急にせめうち、遂にこれを拔、氏眞和を乞てひきしりそく、よ, 成この城をたまはりて住するにより、旗頭は姪伯耆守數正に讓り、家成, 新七郎某、同三七郎正安、戌瀬惣一郎某、渡邊甚平次某等を附屬せらる、こ, れよりさき三河一國の士を二手にわかたれ、酒井忠次をよひ家成を旗, ひたてまつる、十二年今川氏眞かこもれる掛川城をせめたまふにも、先, 慶長十四年十月二十九日, 城ヲ與フ, 香具阿城, ノ旗頭, ヲ陷イル, 一手役ノ, 家成, 家康掛川, 家成ノ軍, 西三河士, 二オケル, 掛川城攻, 將, 略, 七六五

頭注

  • 城ヲ與フ
  • 香具阿城
  • ノ旗頭
  • ヲ陷イル
  • 一手役ノ
  • 家成
  • 家康掛川
  • 家成ノ軍
  • 西三河士
  • 二オケル
  • 掛川城攻

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  • 七六五

注記 (30)

  • 257,713,61,2147進發あり、家成從士を率ゐてしたかひたてまつり、隊伍をとゝのへて甲
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