『大日本史料』 10編 9 元亀3年3月~同年7月 p.110

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雜人原は鎧ぬき去て、川に入て水など掛り居たるもありしとかや、扨飯野の御城こ者、, 夜半過て肥後民部之丞戸外え出られしに、西の方こ當て夥しく火氣みへしかは、内に入, 掛る、加賀守は川を隔、陣を堅め、旗打立て扣たり、城中無勢也といへとも、御家老川上, かたき難所故、容易こ登り得す、敵の後陣は加久藤の城下・在家こ火を掛て、大手口こ責, 菱刈鑰掛口ゟ番衆幸に續來りて横に入り、飯野之加勢もつゝくゆへ、敵は盡く引退く、, 參河守入道〓枕士卒を下知し、大手・搦手ゟ切て出る、敵も案に相違し引色に成たるに、, 加賀守か勢と一ツに成り、飯野池島村の内木崎原にそ屯しける、時ニ既こ夜はほの〳〵, 敵の大将伊東宗右衞門馬上にて鞭振上け、退く味方を引進め、掛れ〳〵と下知をなす、, の椽先ゟ膝臺こ而打出ス、宗右衞門眞さかさまに落馬するこ、伊東方盆進み兼たる処こ、, 不動寺の住僧何某放火の光こ是を見て、兼而格護せし六匁の鉄炮之貳ツ玉を込め、客殿, と白みけり、爰之而軍評定あり、飯野えやよせん、小林にや引取らんと評議區々なり、, 五月三日の夜、御日待と有て、御家老衆をはしめ、段々伺公有て色々の御興も有りしに、, 久藤御城下筋こあたりけれは、〓の外御氣遣ひこおほしめされ、早走の若者とも見屈て, て言上せらる、忠平公こも驚ろかせ給ひ、直之西の原の御ものみに御登りあるに、加, 門戰死ス, 伊東宗右衞, 伊東勢利ア, ラズシテ引, 退ク, 元龜三年五月四日, 一一〇

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  • 門戰死ス
  • 伊東宗右衞
  • 伊東勢利ア
  • ラズシテ引
  • 退ク

  • 元龜三年五月四日

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  • 一一〇

注記 (21)

  • 732,627,60,2220雜人原は鎧ぬき去て、川に入て水など掛り居たるもありしとかや、扨飯野の御城こ者、
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  • 1664,626,61,2250掛る、加賀守は川を隔、陣を堅め、旗打立て扣たり、城中無勢也といへとも、御家老川上
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